表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/64

01 真珠 著  秋の気配 『ご在宅』

 トゥルルルル、トゥルルルル……。

 典子は番号ディスプレイに表示された数字をチラリと確認すると、受話器をあげた。頭の番号で、県外からだとわかる。

「はい、川辺でございます」

「こんにちは。私、ニッゼンのサカキと申します。お忙しいところ申し訳ありません、ご主人様はご在宅でしょうか」

「いえ、おりませんが」

「そうですか……。大変失礼いたしました。はい、失礼いたします」

「ごめんくださいませ」

 静かに受話器を置くと、典子は淹れたばかりのコーヒーを飲みながらテレビのリモコンを操作した。自分の心の平静さに、典子は苦笑する。

 昔だったら、こんな電話にいちいち妄想を掻き立てて、心穏やかではいられなかっただろうに。ニッゼンのサカキという女の背後には、オフィスであろう電話の音や、電話対応の社員たちの声が漏れ聞こえていた。浮気相手などではなく、確かに通販会社からの電話。でも、サカキという女の声には、嫌らしい響きが含まれているのを典子は感じた。こんな平日の昼間に、主人はいませんよ。わかっているはず。そして、あえて内容を告げず、含みを持たせて電話を切る。もしかしたら、電話のしずくが波紋を生んで、その夫婦には、なにか面白い争いが起きるかもしれない。そんな期待を無意識に感じさせる、嫌らしさ。その小さな嫌らしさを感知する典子もまた、清浄ではないのかもしれない。

 昔の典子なら邪推して、心は乱れていただろう。

(通販を装った、浮気相手からの電話じゃないかしら)

(浮気相手じゃないにしても、何か変なものでも買ったのかしら?私に内緒で)

(何を買ったのかしら?誰に買ったのかしら?)

 青かった。

 若かった。

 あの瑞々しさが懐かしい。もう、以前のように心を騒がせることもない。

(ダイエット食品のセールスね。きっと)

 典子は、自分の心と夫婦としての時計が進んでいるのに気づいた。

 もう、秋になったみたい。

     了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ