2. 運命を分かつ双子
ランチェスター公爵邸の東側には、広大な修練場がある。
周囲を高い石壁に囲まれたその場所は、代々ランチェスター家の人間が魔法の鍛錬に使用してきた場所だった。
朝の冷たい空気の中、修練場の中央には二人の人影があった。
「ロウィナ、準備はいい?」
声をかけたのはエルバートだった。
「うん。いつでもいいよ」
ロウィナは頷き、手袋を外す。
彼女の首元には、いつものように魔力を制御するための魔導具が身につけられていた。
細工の施されたそれは、一見すると美しい装飾品にしか見えない。
けれど、その内側には彼女の膨大な魔力を抑え、身体への負担を軽減するための高度な術式が組み込まれている。
「今日はどこまで使う?」
「いつも通りでいいよ。制御具をつけたまま」
「分かった」
エルバートは短く答えると、少し離れた位置に立った。
二人の間に、静かな緊張が生まれる。
最初に動いたのはエルバートだった。
彼が右手を掲げると、足元に淡い光が広がる。
次の瞬間、空中にいくつもの魔法陣が展開された。
そこから生み出されたのは、鋭い光の矢。
それらは一斉にロウィナへと向かっていく。
ロウィナは慌てることなく手をかざした。
薄い障壁が彼女の前に広がり、光の矢をすべて受け止める。
乾いた音が修練場に響いた。
「今の、少し速くなった?」
「前よりは」
「やっぱり。術式の展開が綺麗になってる」
「ロウィナも、障壁を張るのが早くなった」
「本当?」
「ああ」
エルバートは表情をほとんど変えずに頷いた。
けれど、ロウィナには分かる。
彼が自分の成長を喜んでいることも、きちんと見てくれていることも。
二人は幼い頃から、こうして何度も魔法を交えてきた。
相手の得意なことも、苦手なことも、言葉にしなくても分かる。
それは双子だからというだけではない。
互いを誰よりも近くで見てきたからだった。
「次はロウィナの番」
「分かってる」
ロウィナは右手を前に出す。
指先に小さな光が集まり、やがてそれは幾重もの魔法陣へと変化していった。
エルバートがわずかに目を細める。
ロウィナの魔力は、彼女自身の意思に応えるように膨れ上がろうとする。
制御具がなければ、今の段階でも周囲の空気を震わせるほどの魔力が放出されていただろう。
それでも彼女は、慎重に魔力を調整する。
一つ、二つ。
魔法陣が重なり、光が収束していく。
「……そこまで」
エルバートの声が響いた。
ロウィナはすぐに魔法を解除する。
展開されていた魔法陣が、淡い光の粒となって消えていった。
「どうしたの?」
「少し魔力が乱れた」
「そうかな。自分では分からなかったけど」
「右手の周辺」
エルバートはロウィナの手元を見つめた。
「無理に続けない方がいい」
「……分かった」
ロウィナは素直に頷いた。
彼の指摘は正しかった。
ほんのわずかな乱れ。普通の魔法使いなら気にも留めない程度のものだ。
しかし、ロウィナにとっては見過ごせない。
魔力が多すぎるということは、それだけ扱いを誤ったときの危険も大きいということだった。
「最近、調子はどう?」
「いつも通り。特に問題ないよ」
「本当に?」
「本当だってば」
エルバートは納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、彼女の首元へ視線を向ける。
「制御具の調子は?」
「問題ないよ。お父様が用意してくれたものだし」
「それならいい」
ロウィナは首元の装飾にそっと触れた。
これがなければ、自分は普通に生活することさえ難しい。
幼い頃から何度もそう思ってきた。
けれど、それを不幸だと思ったことはない。
少なくとも、今は。
「エルバート」
「何?」
「もう一回だけやろう」
「さっき休むと言っただろう」
「今度は攻撃じゃなくて、防御の練習」
「……一回だけ」
「ありがとう」
ロウィナが笑うと、エルバートは小さく息を吐いた。
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修練場を出る頃には、太陽がすっかり高くなっていた。
二人が邸内へ戻ると、廊下の先に一人の男性が立っていた。
「鍛錬は終わったか」
「お父様」
そこにいたのは、ランチェスター公爵、レナードだった。
二人の父親であり、現在のランチェスター家を率いる人物。
その立ち姿には威厳があり、何気ない視線ひとつにも周囲を緊張させるものがある。
「はい。先ほど終わったところです」
エルバートが答える。
「そうか。今度私も相手をするとしよう。」
そう言い微笑んだ顔は次第に真面目な表情へ変わっていく。
「...先日の魔導具召喚の儀式の話を覚えているな。四公会議で来月行うことが決まった。後継者が決まっている他とは違い、お前たちは今まで前例のない双子だ。より注目されるだろうが、落ち着いて臨みなさい」
レナードはそう言って、廊下の奥へと歩いていった。
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父親の姿が見えなくなった後、ロウィナはエルバートを見上げた。
「ねえ」
「何?」
「どんな魔導具に選ばれると思う?」
「分からない」
「少しくらい予想してよ」
「ロウィナなら、魔力を制御するものじゃないか」
「それは今の制御具があるから、もう十分かな」
「なら、攻撃用のものかもしれない」
「エルバートは?」
「俺も分からない」
「もう。自分のことなのに」
ロウィナが笑う。
エルバートはそんな彼女を見つめてから、静かに口を開いた。
「どんなものでもいい」
「うん?」
「お前が選ばれたものなら、それでいいと思う」
ロウィナは少しだけ目を丸くした。
それから、柔らかく笑う。
「私も。エルバートが何に選ばれても、きっと似合うと思うよ」
「そうか」
「うん」
二人は並んで歩き出した。




