枯れた芝
掲示が出たのは、五月の連休が明けた週だった。
クラブハウスの入口の横、いつも競技の組み合わせが貼ってある板に、新しい紙が足してあった。
カート乗り入れについて、と書いてあった。
乗り入れというのは、カートを道から降ろして、芝の上を走らせることを言う。ここはこれまで、雨の日と、雨の翌日と、二番と七番の谷は駄目だった。紙には、それが全部消えて、原則として可、とあった。
僕は読み直した。今度は、条件が小さい字でどこかに残っていないかを探して読んだ。残っていなかった。
その日のうちに、中根さんのところへ行った。中根さんはキャディの割り振り表を書いていて、手を止めずに、聞いたわ、と言った。
「歩けん人が増えとる。それだけの話や」
それは本当だった。朝いちばんに来る人たちは、半分がもう歩いては回らない。カートを道に置いて、球のところまで歩いて、打って、また道まで戻る。あの往復がなくなるなら、来る人は増える。
僕は割り振り表を見て、帰った。何も言わなかった。
言うことがなかったのではない。言い方を探しているうちに、中根さんの手が次の欄に移っていた。
次の週の月曜から、カートが芝に乗った。朝いちばんの組が出ていくのを、僕は三番の脇で見ていた。見ていたかったわけではない。その日が三番の手入れの日だった。
最初の組は、道から芝へ降りるところで止まった。本当に降りていいのかどうか、確かめている。中根さんが、いいですよ、と手で示した。次の組は道を走ったままだった。その次が芝へ降りて、あとは全部降りた。
昼前に、七番で一台が動かなくなった。
谷の底の、水が集まるところだ。先週まで禁止されていた場所で、禁止でなくなったから、入った。四輪とも土に埋まっていた。
乗っていた四人と、僕とで押した。動かなかった。
後ろの組が追いついてきて、事情を聞いて、降りてきた。人は増えたが、動かなかった。押すところが足りない。カートは小さい。
後ろの組の一人が、うちのを持ってきて引っ張ればいい、と言った。理屈は通っている。誰も反対しなかった。
その人は自分のカートを道から降ろして、谷へ回り込んできて、埋まっているカートの手前で止まった。
止まったのではなく、止まってしまったのだった。
二台目は前輪だけで、そのぶん浅い。浅いから、あと少しで出そうに見える。出そうに見えるほうを先にやろうという話になって、全員が二台目へ移った。
二台目を押しているあいだに、一台目がもう少し沈んだ。
中根さんが来たのは、そのころだ。道の上から見て、キャディを呼んだ。
二台目は道まで戻った。戻したときに、押していた側は全員、前へ倒れた。谷の底は水が集まるところで、そこはもう土ではなかった。
誰も怒らなかった。立ち上がって、手を払って、一台目のほうへ戻った。手を払っても取れなかった。
板を敷こう、という話になった。僕が道具小屋まで走り、コンパネを二枚持って戻った。工事に使う厚い合板だ。足りなかった。取りに戻った。それでも足りなかった。次は、いちばん年上の人がついてきて、一緒に持ってくれた。
中根さんが、トラクターを出すか、と言った。
出せば上がる。それは分かっていた。ただ、あれは重い。濡れている谷の底へ入れれば、カートの溝が、幅の広い溝になる。
僕は、それはちょっと、と言った。それだけ言った。
中根さんは僕を見て、谷の底を見て、何も言わずに板のほうへ回った。
途中で支配人が来た。クラブハウスから歩いてきて、何も言わずにいちばん後ろについて押した。低いヒールが土に埋まって、抜くときに片方脱げた。脱げたまま押していた。誰も笑わなかった。押すのに忙しかったからだと思う。
上がったのは、そのすぐあとだった。
急に軽くなって、カートは板の上を走って、道のほうへ出ていった。押していた全員が、そこへ倒れた。
僕も倒れた。顔から行かなかったのは、前の人の背中があったからだ。
起き上がってみると、みんな同じ色になっていた。上と下の区別がつかない人が二人いた。一台目を埋めた当人が、座ったままで言った。
「これは楽しかったな」
「あんた、明日は腰が立たんで」
「明日は明日や」
本当に楽しそうだった。
支配人は、いちばん後ろにいたので、いちばん後ろに倒れていた。片方だけ靴を履いて、片方は裸足だった。ジャケットは前も後ろも同じ色になっていた。
起き上がって、脱げたほうの靴を谷の底から抜いて、それから言った。
「ここは、道を一本増やせないか、見ておきます」
誰も返事をしなかった。中根さんが、道の上から見ていた。
支配人は靴を履いて、上がったのを確かめてから戻っていった。泥のついたままだった。
僕は板を片づけながら、谷の底を見ていた。溝が残っていた。
何日かして、三番のフェアウェイの入口に線が二本ついた。降りる場所は決まっているので、みんな同じところを通る。そこだけ回数が違う。
線は、最初は色が違うだけだった。踏まれた芝は寝るので、光の当たり方が変わる。
色はじきに抜けた。そのあと、土が見えた。
傷むのは入口と出口と、グリーンの手前で回り込むところだ。全体が薄くなるのではなく、傷むところだけが、はっきり傷む。
僕は毎朝そこを見て回るようになった。測りにいくより先に見にいった日もあった。
入口を変えてみた。いちばん近いところを縄で塞いで、少し先から降りてもらうことにした。
すぐに、塞いだ隣に線が二本ついた。人は近いところから降りる。散らすには降りる場所を毎日変えるしかなくて、毎日変えれば、傷むところが毎日増える。
縄は外した。
乗り入れは、よかったこともある。二番の谷を登れなくて九ホールでやめていた人が、十八まで回るようになった。終わってから僕の顔を見て、楽になったよ、と言った。
その人がフェアウェイを横切ってきた跡が、後ろに残っていた。
五月の終わりに、役員会に呼ばれた。コースの状況を一言、ということだった。
部屋には役員が並んでいて、奥の席に支配人がいた。靴は違うものだった。
僕の前に、支配人が報告した。
五月の来場者は、先月より一割多い。乗り入れを開けてから予約の入りが変わった。数字をいくつか読んで、それだけだった。
誰かが、それはよかった、と言った。別の誰かが、天気もよかったからな、と言った。支配人は、はい、と答えて、それ以上は言わなかった。
順番が回ってきて、名前を言って、それから言った。
「今月の平均は八・九です。先月比でマイナス〇・三」
誰も何も言わなかった。支配人が手元の紙に何か書いた。ほかの人はうなずいたり、うなずかなかったりした。次の議題は、アウトから回るかインから回るかだった。その議題は、僕の数字よりずっと長かった。
僕は座って、最後まで聞いていた。言った数字は正しい。
ただ、その〇・三はエアレーションのせいだ。カートとは関係がない。
僕はそれを知っていて、その数字を言った。言ってから、なぜ言ったのかを考えた。コースの状況を一言と言われて、僕が持っている数字がそれしかなかったからだ。
一割と、マイナス〇・三。同じ部屋で、続けて読まれた数字だ。どちらも乗り入れのせいだと思った人がいたかもしれない。どちらも違う。
乗り入れのせいで本当に起きていることは、その部屋で一つも数字になっていなかった。
三番の入口の土は、何フィートでもない。
二番の谷の、裸になっているところの幅も長さも、測れば出る。出るけれど、それは僕が今日決めた測り方の数字で、先月のぶんがない。比べるものがない数字は、会議では数字にならない。
三年ぶんの手帳に、役に立たない場所が一つあった。
部屋を出るときに、支配人がこちらを見た。何か言われるのかと思って少し待った。支配人は書類を揃えて、揃え終わってから立ち上がった。それだけだった。
次の日の朝、僕は三番の入口の芝を、一株抜いた。
根ごと、土のついたまま。上のほうは茶色く、根は白いけれど短い。思っていたより簡単に抜けた。抜けるということは、根が張っていないということだ。
それを持ってクラブハウスへ行った。事務室に人はいたけれど、誰も僕を見なかった。奥の部屋の戸が開いていて、机が見えた。支配人はいない。
僕は入って、机の端に芝を置いた。紙は書かなかった。書けば説明になる。説明を書けば、この芝が説明の材料になる。
置いて、出た。
その日の夕方、日報を書いていつもの箱に入れた。八・九。前の日と同じだ。机の上のことは書かなかった。
次の週も同じものを置いた。三番の入口は先週より広くなっていて、抜くところに困らなかった。
先週のぶんは、水を入れたコップに挿されて、窓際に置いてあった。誰がやったのかは分からない。枯れた芝は、水では戻らない。
六月に入って、グリーンは九・二に戻った。日報には数字だけ書いた。
三番の入口は、戻らなかった。




