日報
グリーンの速さは、測れる。
スティンプメーターという道具で測る。細長い金属の棒に溝が切ってあって、決まった角度まで起こすと、載せた球がひとりでに転がり出す。転がった先までの距離を、フィートで読む。それが、そのグリーンの速さだ。人の力が入らないように出来ているから、誰が測っても同じになる。僕が測っても、同じになる。
それを持って、朝いちばんに三つ回る。一番と、九番と、十八番。十八全部は測らない。やっていたら、その日の仕事が始まらない。
同じ場所で、同じ向きに何球か、反対からも同じだけ。平均を取る。傾いたところで測ると数字が嘘になるので、平らなところを選ぶ。
その朝は、九・二だった。三月からずっと九・二の前後だ。数字が動く理由はだいたい分かる。雨のあとは遅い。刈った直後は速い。風が強い日は、球が途中で押されるので測り直す。
測った数字は手帳に書いている。三年ぶんある。誰かに見せたことはない。聞かれたこともない。
速い遅いは、よく言われる。
朝いちばんの組が上がってきて、今日は遅かった、と言う。そのあとの組が、今日は速いね、と言う。同じ日の、同じグリーンのことだ。
最初のころは、すみません、と言っていた。何がすみませんなのか分からないまま言っていた。
測るようになったのは、そのころからだ。九・二の日に遅いと言われて、同じ九・二の日に速いと言われる。言われているのはグリーンの速さではなく、その日のその人の調子だった。
分かっても、言い返したことはない。言い返す相手ではないし、言い返す言葉もなかった。数字はあったけれど、数字を出せばそれは反論になる。
手帳は、そのために作ったものではなかった。ただ、持っていた。
支配人が代わったという話は聞いていた。僕は挨拶をしていない。芝の側の人間は、クラブハウスにあまり行かない。
行かないうちに、噂のほうが先に来た。新しい支配人は数字で話す、という話だった。見積もりをその場で三通り取らせたとか、予約表の印を数えろと言ったとか、前のところでは閉める仕事をしていたらしいとか、中根さんのところから流れてきた。話している人はみんな、少し困った顔をしていた。
僕はそれを聞いて手帳を開いた。次の日から、日報を書きはじめた。
紙は事務用の方眼紙を半分に切ったもので、日付と、三つの数字と、平均と、天気と、刈った高さを書く。文章は書かない。書くことがない。
書いたものは、夕方に事務室の入口の脇の箱に入れる。伝票と一緒に、その日のうちに仕分けされる箱だ。宛名は書かなかった。書き方が分からないので、右上に『グリーン』とだけ入れた。
最初のうちは、翌朝に箱を見にいった。自分の紙が残っていないのを確かめて、それで安心していた。誰かが取ったということだから。そのうち行かなくなった。
二週間、毎日書いた。返事はなかった。何か言われることもなかった。事務室の前を通っても、誰も呼び止めない。
それでいいと思っていた。九・二が九・二のまま並んでいるのは、僕の仕事がうまくいっているということだ。
そう思うことにしていた。
四月の終わりに、業者が来た。
肥料と薬の営業で、年に何度か来る人だ。軽自動車で入ってきて、いちばん近くにいた僕のところへまっすぐ歩いてきた。この人に限らず、業者はみんなそうする。作業着の人間が現場の責任者だと思うらしい。
「今年の秋の予定、そろそろお伺いできればと思いまして」
「すみません、僕はグリーンの担当なので、そういうお話は支配人が伺うことになっています。クラブハウスの、正面から入って左の奥です。ご案内しましょうか」
言い終わってから、長いなと思った。
業者はメモを見ながらうなずいて、いや大丈夫です、と言って歩いていった。何度も来ている人なのに、毎回こうだ。
その次の週に、エアレーションをやった。
土は踏まれると締まって、根に空気と水が届かなくなる。だから春と秋に、太い針を並べた機械でグリーンに穴を開けて、上から砂を擦り込む。筒で土ごと抜く強いやり方もあるけれど、あれをやるとしばらく営業にならない。ここは、営業を止められない。
二日がかりで、初日に外の九ホール、二日目に中の九ホールをやる。やっているほうは閉めて、反対の九ホールだけで回ってもらう。機械は借りる。ここにあるのは小さいほうだけで足りない。人手も足りないので、コースの手入れをしている人たちに二日だけ入ってもらう。機械にも人にも日を約束してあるから、決めたら動かせない。
朝から開けて、撒いて、擦り込んで、ならす。一番から順に回る。
初日の夕方、九番で機械が止まった。針を上げ下げするところが動かない。借りたところに電話をかけると、人を出しますが、着くのは明日の午前になります、と言われた。様子の分かる写真を送ってください、とも言われたので、撮って、送った。
針は下りたまま止まった。押しても動かない。地面に刺さっている。
暗くなるまで、全員で押した。引いた。持ち上げようとした。動かなかった。
結局、機械は九番に残して帰った。グリーンに針を刺したまま、夜を越させることになった。
二日目は、中の九ホールを閉める番だった。外の九ホールは開く。九番も開く。機械が刺さったまま、開く。
だから、組が上がってきた。
四人は機械を見て、それからこちらを見て、それからもう一度機械を見た。
「これ、動かんの」
「動かないです」
「動かんのか」
「はい」
その人は、それでもしばらく待っていた。
最初の球は、穴だらけのほうから転がって、途中で止まった。次も止まった。その次の球は、途中まで行って、機械の脚に当たって、戻ってきた。
戻ってきた球は、打ったところより手前で止まった。
「これ、どうなるんや」
そこから、四人で話し合いが始まった。
動かせる障害物なら、どければいい。球は元に戻して、罰はない。動かせない障害物なら、どけられないかわりに、離れたところへ置き直せる。どちらでもないものは、ないことになっている。
問題は、その機械が、動かせる障害物として作られていることだった。
「これは動く機械やろ」
「いま動かんやないか」
「動く機械が動かんのは、動かん機械とはちゃう」
「ほな何や」
「……壊れとる機械や」
誰かが僕のほうを見た。
「兄さん。これ、どっち」
僕はグリーンの担当で、競技の担当ではない。それを言おうとして、やめた。言っても、誰かが答えるまでこの人たちは動かない。
「……たぶん、動かないほうだと思います」
「せやろ」
「いや、それはおかしい」
四人はもう一度、最初から話し合った。
誰かが、競技委員に聞いたらどうや、と言った。
「委員て、誰や」
「大庭さんや」
少し間があった。
「……押そか」
結局、みんなで押すことになった。全員でやっても動かなかった。
前の日の夕方に、僕たちがやったのと同じだった。
それで、そのまま打つことになった。球が戻ってきた人は、機械を回り込むように何度も打って、上がった。
いちばんうしろの人が、僕の前を通るときに言った。
「今日は遅いな」
いつもの言い方だった。速い日にも遅い日にも、同じ調子で言われる。
その日は、本当に遅かった。
直しに来た人は、軽自動車から降りて、いちばん近くにいた僕のところへまっすぐ来た。
「担当の方は」
「僕です」
言ってから、こういうときだけは僕なのだと思った。
その人は機械の前にしゃがんで、針のあたりを覗いた。
「写真で見たより、刺さってますね」
一晩ぶん、深くなっていた。
直るのはあっけなかった。機械は中の九ホールへ移って、そのあとは動いた。二日目は暗くなる少し前に、ぎりぎりで十八番が終わった。
終わった翌日から、数字が落ちた。
八・八。八・七。八・九。
その差は、数字にすれば小さい。同じ強さで打った球の転がりでいえば、見て分かるだけ違う。
落ちるのは分かっている。開けたばかりの穴に撒いたばかりの砂で、球がまっすぐ転がるはずがない。砂がなじめば戻る。戻らなかったことは、僕が来てから一度もない。
僕はその数字を、いつもどおり書いて、いつもどおり箱に入れた。
八・七の日には、少し迷った。この数字だけを見た人は、僕が下手なことをしたと思うかもしれない。理由を一行書き足そうかと思って、やめた。
書かないと決めていたからだ。文章を書きはじめたら、日報ではなくなる。
エアレーションの伝票は、終わった週に事務室へ出した。金額の欄だけを見れば、一年でいちばん大きい紙になる。書き方は決まっていて、宛名にも迷わなかった。
箱は、日報と同じ箱だった。
その夜、写真を上げた。
コースの写真を撮って、上げているところがある。見る人は、ほんのひと握りだ。
一枚だけ、伸びたことがある。
去年の十一月に撮った十二番の朝で、露出をミスして全体が青くなった失敗作だった。捨てるつもりで一応上げたら、二日で三万を超えた。
それから何度か狙って撮った。同じ時間に、同じ場所で、露出も同じにして。
一度も伸びていない。
その夜に上げたのは、砂を入れたばかりのグリーンだった。穴が並んで、白い砂が光っていて、僕はそれをきれいだと思ったのだけれど、翌朝に見たら六人だった。
もう一枚、借りたところに送った写真が残っていた。夕方の九番で、針を刺したまま止まっている機械。仕事の記録で、きれいでも何でもない。消すつもりで、一応上げた。
朝には、青い十二番を超えていた。
きれいだという言葉は、ひとつも付いていなかった。かわいそう、がいちばん多かった。機械に、だ。次の日には、知らない人が機械の無事を聞きにきていた。機械は無事だ。無事じゃなかったのは九番のグリーンで、九番のことは誰も聞かなかった。
日報のほうは、その日も箱からなくなっていた。




