掘る
朝、練習場に人が集まってきた。
集める、と中根さんが言った翌朝である。キャディさんたちが来た。厨房の若い人も来た。そこまでは、分かる。分からなかったのは、そのあとから、朝の組の人たちが、ぞろぞろ登ってきたことだ。
全員、自前の鍬や、スコップを担いでいた。
「クラブの道具は軽すぎるんや」
先頭の人だった。道具まで、年季が入っている。
柏木さんは、掘る前に、芝を四角く切って剥がして、脇に並べて、番号を振っていた。戻すときに、同じ場所へ同じ向きで戻すためだ。地面にも、名簿があるらしい。剥がした芝の四角が、霜の下りた地面に整列している様子は、少し、打席で順番を待つ人に似ていた。
掘る場所は、柏木さんが夜のうちに旗を立てて決めてあった。図面が当てにならないので、破裂した場所から管をたどって、弱っていそうな際を、手で掘って確かめていく。凍った地面の上に、点々と旗が立っている様子は、縁起の悪い競技場みたいだった。
掘りはじめて、ほどなく分かったことがある。
八十代が、誰より速い。
僕が靴半分の深さを掘るあいだに、隣の年配の人は膝の深さまで届いていた。しかも、疲れた様子がない。掘りながら、僕の手元に指導が入った。
「腰で掘るな。膝で掘れ」
「膝、ですか」
「腰で掘るから、若いのは三日で終わるんや」
三日で終わるのは、工事ではなく、腰のほうだった。言われたとおりに膝でやると、たしかに続く。続くが、速さは追いつかない。向こうは、地面と話しながら掘っている。凍っている層と、その下の柔らかい層の境目を、鍬の先で聞き分けている。あれは体力ではない。技術だ。技術は、年を取らないらしい。
昼前に、いちばん奥の穴から、声が飛んだ。
「坊主、そこは違う。際を潰す気か」
現場が、一瞬だけ静かになった。
坊主、と呼ばれたのは、中根さんだった。
中根さんは、穴の中から呼んだ人の顔を見て、それから、はい、と返事をした。はい、である。ここでいちばん動かせない人が、この穴の中では、若手だった。考えてみれば、あの人たちが球を打ちはじめたころ、中根さんは本当に坊主だったのだ。
僕は、聞かなかったことにする係だ。係の仕事として、聞かなかったことにした。したが、覚えてはいる。係の仕事は、忘れることまでは含んでいない。
支配人は、朝からずっとコースにいた。
掘る側ではない。回る側だ。穴から穴へ歩いて、進み具合を控えて、業者さんと話して、湯気の出る飲み物を配って、また歩く。息が白くて、コートの肩が土で汚れていた。汚れたコートの人に、汚れていない指示を出されると、人は動く。
昼を過ぎたころだった。
僕は近くの穴で膝の練習をしていたから、音で気づいた。
人がしゃがむ音と、倒れる音は、違う。どすん、でも、ばたん、でもなかった。凍った地面に、何かが静かに置かれる音だった。電池の切れる音、というのが、いちばん近い。
支配人が、凍った地面に、座っていた。座る場所ではないところに、座る座り方ではない座り方で。
最初に着いたのは高砂さんで、キャディさんたちが続いて、穴から這い出すのに手間取った僕は、そのあとだった。支配人は、目を開けていて、すみません、と言った。すみません、と言える倒れ方だったことだけが、救いだった。
医者は要らん、寝かしとき、と高砂さんが仕切って、支配人は食堂の座敷に運ばれた。運ばれながらまだ何か言おうとするのを、高砂さんが一言で止めた。
「盆側が倒れてどうすんの」
支配人は、それで黙った。あの二人にしか分からない言葉が、あるらしかった。
現場は、止まらなかった。
止まらないどころか、午後は少し速くなった。誰も口には出さなかったが、鍬の音で分かる。音が、揃ったのだ。
弱っていた継ぎ目がほかにも見つかって、日暮れまでに管の悪いところは全部掘り出された。あとは業者さんの仕事だ。埋め戻しは明日、みんなでやる。
夕方の食堂の窓に、毛布にくるまった支配人が座っていた。
ガラス越しに、外の僕たちを数えている顔だった。あとで柏木さんが呼ばれて、戻ってきて、少し笑っていた。何を言われたのか聞いた。
「掘った長さは、控えておいてください、って」
毛布の中から、それだった。
倒れた翌日、支配人は定時に来た。
定時に来て、定時に高砂さんに見つかって、定時に食堂の座敷へ連行された。連行のあいだ、支配人はずっと、今日の段取りを口で渡し続けていた。渡し終わってから、座敷で毛布を掛けられて、そこからは窓越しの監督だった。
三日目に、水が戻った。
ポンプ小屋の唸りが戻った朝、僕は木戸のところでしばらく聞いていた。機械の音は、止まったときだけ耳に生えて、戻ったときに、初めていい音になる。
台所に水が戻って、カレーが戻った。犯人は罰金や、と高砂さんが言ったのは、水道の請求の話だと思う。思うが、深くは聞いていない。
風呂も直った。直った晩、いちばん風呂に入りたそうだったのは、三日間凍った土の上にいた業者さんだった。入っていってもらえばよかったのに、営業時間や、と高砂さんに断られていた。ここの決まりは、身内に厳しい。身内の定義が三日で広がったことには、誰も触れなかった。
見積もりの紙は、僕は見ていない。
見ていないが、支配人がそれを受け取ったとき、事務室のガラスの向こうで、しばらく紙を持ったまま動かなかったのは見えた。長い挨拶を聞くときの姿勢に似ていた。あれは、聞くしかない数字だったのだと思う。
夜、僕は仮設のグリーンの霜を掃いた。
本物のグリーンは、冬のあいだ、仮のグリーンに守られて眠っている。春が来たら、仮のほうは刈り込まれて、ただのフェアウェイに戻る。守った側は、名前も残らない。
このクラブがいま、何で冬を越そうとしているのかは、僕には分からない。
分からないまま、霜を掃く。




