香典返し
十二月に、祖母が死んだ。母方の祖母だ。
朝、入院先の病院から電話があって、昼には亡くなった。九十歳を過ぎていた。秋の終わりに入院して、ひと月半だった。眠っているあいだに、と看護師さんは言った。眠っているあいだに、というのは、病院の人の使う言葉の中で、いちばん優しい種類のものだと思う。本当かどうかを、わたしは確かめない。
涙は、まだ出ていない。出る場所を、わたしはたぶん、まだ決めていない。
通夜と葬儀のあいだ、わたしは忙しかった。忙しくしていた、のほうが正確かもしれない。親戚が集まると、段取りのできる人間のところに、段取りが集まる。うちの親戚では、それがわたしだった。家族は、わたしを事務と呼ぶ。職場でも事務と呼ばれている。呼び名が同じで、中身も同じだ。
香典帳を、わたしが預かった。
誰がいつ来て、いくら包んで、住所がどこか。書いているうちに、手が勝手に、いつもの形を作りはじめた。到着の順を時間の枠で控える。ご親族を、組で数える。会社関係、町内、遠方、と欄を分ける。三日目に気がついたら、集計の隅に、正の字を書いていた。
レジで覚えて、予約表で使って、香典帳まで来た。正の字は、わたしの人生についてくるらしい。
祖母は、物を捨てない人だった。捨てない人だったが、散らかす人ではなかった。輪ゴムは玉にしてあり、紙袋は畳んで大きさの順に重ねてあり、抽斗の中は、抽斗の中の地図が描けるほど決まっていた。この畳み方を、わたしは誰に習ったのだったか。習った覚えはないのに、わたしの紙袋も、大きさの順に重なっている。
返礼品は、カタログから選ぶことになった。
伯父たちの会議は、長かった。
「かさばらんもんがええ」
「重うないもんや」
「あとに残らんもんにしとき」
条件が一つ増えるたびに、カタログの候補が減った。生き残ったのは、海苔と、お茶だけだった。日本の弔いは、最終的に海苔とお茶に着地するように出来ている。祖母は海苔が好きだったから、それでいいと思った。
発送の日取りを決めるのも、わたしだった。
四十九日の頃合いに合わせて、空いている日を探す。空いている日、と考えた時点で、頭の中に出てきたのは、職場の予約の画面だった。時間の枠が並んでいて、空いた枠に名前を入れる、あの画面だ。職場に戻ってから、気がついたらパソコンの前で、香典返し、と枠に打ちかけていた。
三文字目で気がついて、消した。
予約システムに何の恨みもないが、四十九日は、予約枠ではない。分かっている。分かっているのに、手が先に動いた。私事と仕事の区別が、この職場では、手の側からつかなくなっていく。
会葬礼状の校正も、わたしに回ってきた。
葬儀屋さんの作った紙を読んで、一箇所、直した。喪主の名前の字が、ひとつ違っていた。誤植を見つける目だけが、こんな日にも仕事をしていた。
職場の人は、通夜に来てくれた。
高砂さんは、受付のわたしの隣に、少しのあいだ立っていてくれた。何も言わなかった。盆を持っていないときの高砂さんが何も言わないのは、よほどのときだと、わたしはもう知っている。
支配人も来た。
来て、記帳して、正しい形で焼香をして、うちの母に一度だけ頭を下げて、帰った。祖母の顔は、知らないはずだ。知らない人の通夜で正しくいられる人は、少ない。多くの人は、正しさの代わりに長居をする。支配人は、正しくて、短かった。祖母はたぶん、ああいう客が好きだった。
中根さんは、来なかった。
香典だけが、高砂さんの手からわたしに渡った。表書きの字は、思っていたより丁寧だった。中根さんは、うちの祖母を知らないはずだから、義理の香典だと思う。義理の香典を、義理の厚さより厚く包む人だということだけ、分かった。それ以上は、考えなかった。考える隙間が、この週のわたしにはなかった。
葬儀の翌々日から、わたしは職場に戻った。
四十九日まで休んだら、と母は言ったが、受付は二人いない。それに、同意書の机がある。あの机は、いま、この職場でいちばん風の当たる場所で、あそこにわたしの代わりを座らせたまま、休んでいられる気がしなかった。
戻った日の予約表に、鉛筆の印を足しながら、変なことを考えた。
祖母の香典帳と、この予約表は、形が似ている。名前が並んで、印が付いて、あとから誰かが確かめる。違うのは、こちらの名前は、また明日も来ることだ。
知らない名前を、いつものように控えて、中根さんに回した。
その日は、戻ってこなかった。
次の日、黙って戻ってきた。印は、全部ちゃんと確かめてあった。遅れたことについて中根さんは何も言わなかったし、わたしも聞かなかった。あの人が遅れるのは、初めてだった。初めてのことは、控えておくことにしている。理由の欄は、空けたままで。
週の終わりに、伯父から電話があった。
四十九日の前に、相続の書類を揃えはじめる、という話だった。名義の書き換えや、と伯父は言った。家と、口座と、電話。名義というのは、帳簿の上の持ち主の名前のことで、受付でも、会員さんが亡くなって息子さんに移るときに同じ言葉を使う。祖母の家の郵便物を、まとめて見ておいてほしい、とも言われた。段取りのできる人間のところに、段取りが集まる。喪服のときと同じ理屈で、書類のときも、わたしだった。
祖母の家には、郵便が、思っていたよりたくさん溜まっていた。
年金の知らせ。病院の精算。保険。役所からの封筒。わたしはそれを、受付の手つきで、種類ごとに分けて、輪ゴムで留めた。
その束の中に、見慣れない封筒が一通、あった。
差出人は、知らない会社だった。宛名の字は、機械の字だった。
その封筒のことは、次に書く。




