三度目
二度目は、その次の週だった。
肥料屋のついで、という形は、もう崩れていた。肥料のほうが、ついでになっていた。それでも支配人は、ついでの形を作ってから頼んできたし、僕は、ついでの顔で引き受けた。
談話室の窓際で、塚原さんは先週と同じ姿勢で座っていた。
「九番は」
「八・六です。維持しています」
「うん」
僕の面接は毎回ここから始まる。毎回通る。
支配人が、先週の続きから入った。預かっていたお金の話を、もう少し伺えますか、と。
塚原さんは、眉を寄せた。
「金? なんの金や」
「返さなければならないお金が、あったと」
「金なんぞ、誰にも借りとらん。うちは黒字や。何を言うとるんや、あんたは」
声に力があった。今週中になんとかせんとあかん、と先週言った人と、同じ椅子に、別の年の人が座っていた。黒字や、と言うときの塚原さんは、姿勢がいちだんと良かった。いい年に座っているのだと思う。
支配人は、無理に引き戻さなかった。手帳を閉じて、それから、黒字だったころのクラブの話を、ひとしきり聞いた。バスを仕立てて競技に行った話。食堂が夜まで開いていた話。会員の息子の結婚式をクラブでやって、食堂で式の真似事までした話。話すたびに、塚原さんの手が動いた。バスの大きさ、席の並び、膳の出た順。手が覚えている話は、細部が揺れない。楽しい話ばかりだった。楽しい話は、確かめようがない。
途中で、塚原さんは僕に指示を出した。
「六番の手前、植えたばっかりや。踏ませるな。養生中や言うとけ」
「今朝も養生中です」
嘘ではない。六番の手前は、この夏、僕が目土を入れて養生している。傷んだところに薄く土をかけてやる手当てだ。
「そうか。長いこと養生しとるな」
「はい」
話が、合ってしまった。合ってはいけない合い方だったと思うが、塚原さんは満足そうだったし、六番の手前が大事にされることに変わりはない。
「中根の坊主に言うとけ。球拾いは、日が落ちてからやるな。あれは若いから、暗うても拾えると思うとる」
中根の坊主。
誰のことか、その場では分からなかった。帰りの車で気づいて、少し笑ってしまった。笑ってから、窓の外を見た。あの人の中では、坊主のままなのだ。ここでいちばん動かせない人が。
三度目は、七月の終わりだった。
談話室に入ると、塚原さんは僕たちを見て少し首をかしげた。
「……あんた、前にも来たな」
どこの子や、が、前にも来たな、になった。三回で、それだけ進んだ。それだけ、が、この建物ではどのくらい大きいのかを、僕は帰りに職員の人の顔で知ることになる。すごいですね、と小さい声で言われたのだ。
この日の塚原さんは、疲れて見えた。姿勢は良かったが、良さの種類が違った。保っている良さだった。
支配人は、この日は少し踏み込んだ。紙のことを、初めて口にした。
「昔、クラブでお作りになった、お約束の紙のことを、伺いたいんです」
塚原さんは、長いこと黙っていた。窓の外の、山の並びを見ていた。
「……あれはな」
「はい」
「わしは、判子を押しただけや」
それだけだった。
書いてもろとる、ちゃんとしとった、と言った人と、金なんぞ借りとらんと言った人と、判子を押しただけやと言う人。三人とも、同じ椅子に座っていた。三人とも、嘘をついている顔ではなかった。
支配人は、それ以上聞かなかった。聞くかわりに、頭を下げた。何に対して下げたのかは、僕には分からなかった。
帰り際、僕がメモ帳を胸に戻すのを塚原さんはじっと見ていた。
「字ぃは、丁寧に書き」
「はい」
「字は、残るんやから」
字の話になると、目つきが監督になる。芝と字。あの人の中で霧のかからない場所は、その二つらしかった。
玄関で、職員の人に見送られた。
「いつもお父様の運転、ご苦労さまです」
僕は誰の息子になったのか分からないまま、どうも、と言った。訂正するほどのことでもない。
帰りに肥料屋へ寄ったら、親父さんに言われた。
「施設通い、ご苦労さんやな」
誰にも言っていない。言っていないことを、町は知っている。この町の情報の流れは、水と同じで、高いところから低いところへ、見えない管を通って動く。管の図面は、誰も持っていない。
車で山を下りた。
支配人は手帳を開いて、三回ぶんのページを順に見ていた。
「三回とも、違うお話でした」
「はい」
「三回とも、嘘ではないんだと思います。別の年の、本当なんです。……集めれば足し算になると思っていたんですが、これは、足せません」
僕は日報のことを考えていた。僕の数字が信じられるのは、毎日書くからだ。書いた日の分しか、信じてはいけない。三十年に一回、思い出して書く日報があったら、誰も水をやる量を決められない。
そのことを、そのまま言ったら、支配人はしばらく黙って、それから聞いた。
「日報は、いつから付けているんですか」
「この春からです。僕が始めました」
「続けてください」
「はい」
「三十年後に、誰かが助かりますので」
三十年後の誰かのことは、想像がつかなかった。つかないまま、僕は、続けます、と言った。約束としては、僕がこれまでにした中で、いちばん長いものになった。
「柏木さん」
「はい」
「芝の話だけ、三回とも同じでしたね」
「三回とも、正確でした」
それが、この三回でいちばん確かな収穫だと言ったら、支配人は、少しだけ笑った。この人が笑うのを、僕は初めて見た気がする。
次の週、食堂に昼を食べに寄ったら、窓際の四人掛けに、三人しか座っていなかった。
三人とも、喪服だった。ゴルフ場で喪服を見ると、目が二度行く。三人は静かに昼を食べて、静かに出ていった。うどんの注文が、その日から一つ減ったことを、僕はあとで高砂さんから聞いた。
六番の手前の養生は、順調だ。日が落ちる前に、今日も水をやる。




