四十五分
ハーフの休憩は、四十五分である。
九つ回って、食堂に上がって、また九つ回る。あいだの四十五分だ。長い、と言う人が、たまにいる。よそから来た人だ。長いと言う人は、この四十五分が何で出来ているかを知らない。
ビールである。
瓶が来て、注がれて、減って、もう一本になる。四十五分というのは、ビールがそういう仕事をするのにかかる時間で、逆ではない。私はそう理解している。
私は飲まない。飲むと、後半のパットがうまくなった気がしてしまう。気がするだけである。気がするだけのものに、スコアを預けるわけにはいかない。
その日は、いつもの三人と回っていた。工務店をやめた人と、まだやめていない人と、何をしていたのか誰も知らない人である。三人とも、うちの患者だ。この言い方は威張って聞こえるかもしれないが、ほかに言いようがない。この町で私と回る人は、たいてい、うちの患者なのである。
カレーを頼んで、待っていた。
卓の向かいで、声がした。
「痛っ」
工務店をやめた人が、かき揚げを噛んで箸を置いた。頬に手を当てている。左の下だ、と、見た瞬間に分かった。あの人の左の下は、去年の冬に治した奥歯である。
気がついたら、立っていた。
「見ましょう」
「え。ここでか」
「窓のほうを向いてください。光が要ります」
胸のポケットには、ペン型のライトが差してある。診療着から上着へ、上着からゴルフウェアへ、ポケットが変わってもライトだけはついてくる。習慣というものは、服より深いところに住んでいる。
覗いた。詰め物は生きていた。かき揚げの桜えびが、歯と歯のあいだに、建材のように打ち込まれているだけだった。取れた。取れたところを見せたら、工務店をやめた人は、えらい細い釘やな、と言った。釘ではない。えびである。
「念のため、月曜に一度いらしてください」
「おう。……なんぼや」
「お代は結構です。診察室でしたことではありませんので」
これが、いけなかった。
ただ、という言葉は、食堂ではよく通る。隣の卓が、こちらを向いていた。
「先生。ついでと言うてはなんやが、わしも右の上が」
「わしは、入れ歯の座りが先週から」
「うちのは痛うはないんやが、いっぺん見といてもらえると」
気がついたら、列ができていた。
卓と卓のあいだに、人が並んでいる。並び方に迷いがない。うちの待合室で見る並び方である。
高砂さんが来て、状況を一目見て、伝票の裏に何か書きはじめた。
「順番や。名前を書く。呼ばれるまで座っとき」
受付ができた。
私は窓際の明かりのいい席に移され、そこが診察室になった。ライトで覗いて、見立てを言って、月曜にいらしてください、と言う。それだけの診察に、列は真剣に並んだ。
列は、進まなかった。
呼ばれた人が、自分のビールを飲み終えてから来るからである。診察の順が来ても、グラスが残っている。飲んでから来てください、と言うと、うなずいて、ゆっくり飲む。
「先生、これは保険はきくか」
「ここは食堂です」
「保険証は車や。取ってこよか」
「食堂ですので」
「ほな、月曜に持っていくわ」
お代は、どなたからもいただかなかった。いただかなかった結果が、目の前に並んだ。
ビールである。
御礼や、と言って、一本ずつ注文して置いていくのだ。私は飲まないと言っているのに、瓶は増えた。五本になったところで、私はそれを、列に振る舞うことにした。振る舞われた列は、御礼に、またビールを注文した。注文されたビールを、私はまた振る舞った。私は今日、歯科医として働いて、報酬を全額、患者に飲ませたことになる。
高砂さんが、手を叩いた。
「はい、閉院。芝が待っとる」
開院してから閉院まで、たぶん二十分ほどの医院だった。列は素直に解散して、それぞれの卓に戻り、残りのビールの仕事に取りかかった。
私のカレーは、冷めていた。
「温め直したろか」
「いえ、これは、これで」
冷めたカレーというのは、悪いものではない。急がなくていい、という味がする。私は窓際の診察室で、ゆっくり食べた。
食べながら、考えるともなく、考えた。
私がこの町へ戻ったのは、父の手が、細かい仕事に向かなくなった年である。理由としては、それだけだ。それだけのことは、人生を動かすのに十分である。
医院は、父が開いた。いまうちにあるカルテは、父の代からのもので、二代ぶんある。この町の口の中は、半分は父が見て、残りを私が見た。カルテというものは、めくると、その人の人生が奥歯のほうから読める。どの年に何を我慢したか、どの年に急に治す気になったか。町の景気は、新聞よりカルテのほうが正直である。
父はいま、クラブの名誉相談役をしている。名誉相談役が何をする役かは、息子の私も知らない。父も知らないと思う。知っているのは、総会で挨拶をすることだけだ。名誉のつく人が三人続けて挨拶をすると、総会は二時間になる。父は、その二時間の、いちばん長い部分である。
なぜ一人なのか、というのは、待合室でも聞かれる。
見合いの相手は、たいてい、うちの患者である。口の中を知っている人と、初めて会った顔をするのは、誠意の問題として、難しい。奥歯の詰め物の年式を知っている相手に、ご趣味は、と聞くのである。私はあれが、どうしてもできない。
それに、と、これは冷めたカレーの前でだけ思うことだが、私は、頼られるのが好きなのだろう。今日の列は、正直に言えば、悪くなかった。安く好かれている、と言えなくもない。言えなくもないことは、たいてい、そのとおりなのである。
カルテのない人と話すのが、たぶん、あんなに楽しいのは、そのせいだ。
四十五分が、終わった。
三人が立って、私も立った。残ったビールは高砂さんが、差し入れや、と言って引き取った。また、私のものが、私の知らないところで、皆のものになる。慣れてきた。
後半の九つは、いつもより打数が少なかった。理由は分からない。分からないことにしておく。気がするだけのものに、スコアを預けるわけにはいかないからである。




