あれはサービスや
ゴルフでは、スコアを実際より良く書いて出すと、失格になる。実際より悪く書いたぶんは、そのまま通る。教えてくれたのは大庭さんで、そのときは、へえ、と思っただけだった。
六月の半ば、沢渡さんに呼ばれた。
「無料と割引の内訳を、集計します」
手帳を開いて、項目を読み上げた。練習場の貸しクラブ。食堂の五十円引き。コーヒーのおかわり。レディースデー。ほかにもあった。キャディの値段が数字になった月に、次は無料の番だと、事務室の誰もが思っていた。思っていて、誰も言わなかった。
読み上げが終わってから、沢渡さんは、もう一つ言った。
「それから。水曜の方の件は、守らなくていいです」
「……はい」
「あの方の予約を動かすと、木曜の午前が空きますので」
情ではなく、枠の話だった。わたしは、はい、ともう一度言った。二度目のはいは、一度目より小さかった。
集計は、聞き取りから始まった。
五十円引きから聞いた。高砂さんは、始めた覚えはあるけどやめた覚えがない、といういつもの説明をして、最後にこう言った。
「あれはサービスや」
コーヒーのおかわりも聞いた。厨房の若い人は、少し考えてから言った。
「あれは、サービスなので」
レディースデーも聞いた。帳簿の上では、割引の日はきれいに赤字だった。高砂さんが言った。
「あれはサービスやから」
沢渡さんが聞いた。
「どなたへの、サービスですか」
「みんなへの」
「どなたの負担で」
「……サービスや」
沢渡さんは手帳に書いた。
貸しクラブのことは、中根さんに聞いた。棚のクラブはただで貸していて、たまに減る。減ったぶんは、買い足してきたはずなのだ。
「昔からや」
「いつからですか」
「俺が来る前からや」
それで終わりだった。守り方は、二種類しかないのだった。サービスだから、と、昔からだから、だ。サービスのほうは、負担を聞かれると黙る。昔からのほうは、何を聞かれても長さで返してくる。強いのは、昔からのほうだった。
全部やめたら早いのではないですか、と、わたしは一度だけ沢渡さんに言った。数える手間の話のつもりだった。
「やめると、別の形で始まりますので」
五十円のときと同じことを言われた。同じことを言われたのに、今度は意味が分かったから、わたしも少しは出世している。
ちなみに先月のレディースデーの利用は、お一人だった。
「その方は」
「毎週いらしてます」
割引があってもなくても来る人が、お一人で割引を使っていた。守られているのが誰なのか、帳簿からは分からなかった。
玉ねぎも帳面に載った。
カレーの玉ねぎを長く炒める、あの時間のことだ。沢渡さんが、これは費用ですか、と聞いたとき、高砂さんは初めて身を乗り出した。
「かかっとる。ガス代がかかっとる」
「では、やめますか」
「誰がやめる言うた」
沢渡さんは、ガス代、と手帳に書いた。書いてから、少しだけ長くその字を見ていた。
ここまでの数字を全部足しても、大した金額にはならなかった。
沢渡さんが言った。
「いちばん大きい無料が、まだです。朝の、印の方々のぶんです」
〇無の人たちは、精算をしない。精算をしないから、レジにも、パソコンにも、数字が残らない。残っているのは、毎朝の予約表に鉛筆で足した、あの印だけだ。
刷った予約表はその日が終わると綴じて、月ごとに受付の下の引き出しへ入れる。年が替わると、一年ぶんを箱に移す。箱は保管庫にある。
保管庫へ行くと、探すまでもなかった。段ボールの一つずつに、沢渡さんの字で札が付いている。予約表、と書いて、年がふってある。五月の片づけのとき、物置と一緒にこの部屋も回って、大庭さんと沢渡さんが一日かけて付けた札だ。あのときは、物の場所がひとつも変わらない片づけに何の意味があるのかと思った。意味は、ひと月あとの保管庫で分かった。
逢坂くんが箱を運んでくれた。
「これ、何の数字になるんですか」
「なってから分かる」
「なってからじゃ、遅くないですか」
「早いと、数える前に止められます」
逢坂くんは、なるほど、と言って、それきり聞かなかった。ああいう引き際は見習いたい。
数えるのは、わたしの仕事になった。
一日ぶんの予約表を開いて、鉛筆の印を数える。数えたら、紙の隅に正の字で控える。正の字は、レジの五十円を数えたときに覚えたやり方だ。レジで覚えた数え方が、予約表を数える仕事に出世した。出世かどうかは知らない。画数は同じだった。
印は、多い日と少ない日があった。雨の日は減った。夏の盛りも減った。冬は、思っていたより減らなかった。寒い朝も、印の人たちは歩いて来ていた。数えているのは紙の上の印なのに、途中から、歩いてくる人の数を数えている気がしてきた。
印の形は、年をさかのぼっても、ほとんど変わらなかった。〇の中に無。同じ大きさで、名前の横の同じ位置に付く。わたしの書いた印も、この箱のどこかに混ざっている。書き方は、教わったとおりに書いてきた。誰に教わったかといえば、前の人にで、前の人も、前の人に教わったのだと思う。印だけが、人より長くこの箱の中で続いていた。
一年ぶんを数え終わるのに、何日かかかった。
終わってから、ところどころの日を、逢坂くんに数え直してもらった。全部合っていた。自分の数えは自分では証明できないから、隣で数えた人がいて、初めて数字になる。競技のスコアがそうなっていると教えてくれたのも大庭さんで、大庭さんは、自分の教えたことがこんな場所で使われているとは知らない。
延べで、四千三百回だった。
わたしはその数字を沢渡さんに渡した。沢渡さんは、普通の会員が一回あたりに払う諸経費に、年会費を一回ぶんにならした額を重ねて、電卓ではなく紙の上で計算した。計算の途中は速くて、最後だけ遅かった。
「年会費も、いただいていないとすれば、一年で、だいたい三千九百万円になります」
わたしも沢渡さんも、しばらく何も言わなかった。
五十円引きには、守る人がいた。おかわりにも、玉ねぎにも、レディースデーのお一人にも、いた。三千九百万円には、誰もいなかった。守る人がいないのではない。この数字があることを、誰も知らなかったのだ。
沢渡さんが言った。
「印の方々は、何人いらっしゃいますか」
それが次の仕事になった。




