財布の中の紙
コースでなくなった球を、ロストボールという。
打った人が探して、見つからなければ、それきりだ。球はコースのどこかに残る。林の中、池の中、深い草の中。ゴルフ場というのは、地面のあちこちに球が埋まりつづけている場所だ。
それが、たまに出てくる。手入れで草を刈ると出てくるし、大雨のあとは溝に溜まる。冬に木が透けると、林の奥で白く光っているのが見える。六番の池には、たぶん相当な数が沈んでいる。今井さんのぶんだけでも、相当だと思う。
拾った球がどこへ行くかは、拾った人による。ポケットに入れて帰る人がいて、その場で打ってしまう人がいて、僕にくれる人がいる。決まりはない。なくした球は、拾った人のものということに、なんとなくなっている。
今井さんの組に、いちばん静かな人がいる。
名前は知らない。四人のうちで、いちばん喋らない。挨拶をすると、うなずく。それで全部の人だ。デコイの話のときも、あの人だけは、たしか何も言っていない。
考えてみれば、僕はあの四人と、この山の誰よりも長く、同じ時間にいる。毎朝だからだ。名前を知らないまま何年も一緒にいる、というのは、たぶん練習場でしか起きない。
その人が朝の練習のあとに、僕のところへ来た。ズボンのポケットが、両方膨らんでいた。
「これ、コースで拾うたやつや。練習場で使え」
球だった。両方のポケットから、両手で、出てくるだけ出てきた。泥のついたのや、傷のあるのや、いろいろだ。
持ち主の名前が書いてあるのも、混ざっていた。書いた本人は、もうこの球を探していない。名前だけが、球と一緒に転がってきた。
練習場の球には、線が入っている。線のない球を混ぜると、あとで分けることになる。だから本当は、使えない。
ありがとうございます、と言って、僕は両手で受け取った。使えるかどうかは、別の話だ。
その人は、帰らなかった。
籠を運ぶ僕の横を、少しのあいだ黙ってついて歩いた。手ぶらの老人と、籠を抱えた僕が、朝の練習場を並んで往復する。はたから見たら、何の行列か分からなかったと思う。
何か言うんだろうな、というのは分かった。急かさなかった。黙っている人が黙っているのは、まだ言葉が来ていないからで、来ていない言葉は、待つしかない。ズドンの説明と、同じことだ。
何往復目かに、来た。
「……兄ちゃん。会社、危ないんか」
その噂なら、練習場にも来ていた。カレーの肉から始まったらしい、というところまで含めて、来ていた。
「僕は研修生なので」
「せやな」
それで納得されるのも、どうかと思う。
「あんた、いつまでおるんや」
「分からないです」
「せやな」
それも、せやな、で通った。あの人のせやなは、たいがいのものを通す。
終わったと思ったら、その人は立ち止まって尻のポケットから財布を出した。
長い財布だった。よく膨らんでいる。開くと、中に地層があった。レシートの層、診察券の層、何かの半券の層。そのいちばん深いところに指を入れて、その人は紙を一枚出した。
四つに折ってあった。折り目の角が、擦れて薄くなっている。古い紙だ。
「これ、まだ効くか」
その人は僕の目の前で、紙を半分だけ開いた。
手書きの字が、ちらっと見えた。きれいな字だった。筆のはらいの、すっと細くなるところまで見えた。朱い判子が一つ、押してあるのも見えた。
読めそうだったから、僕は少し下がった。
見えたのは、それだけだ。半分開いた紙は、すぐ閉じられた。
「……僕には、分からないです。事務室で聞いたほうが」
本心だった。聞かない係にも、他人の窓口くらいは分かる。
「ええわ」
その人は紙を畳んで、財布のさっきの深さへ戻した。
「聞いたら、あかんことになるかもしれんからな」
財布を尻に戻して、行きかけて、その人は一度だけ振り向いた。
「見せたこと、言わんでええで」
「はい」
「見せる言うても、読ませる言うてへんしな」
それだけ言って、カートのほうへ歩いていった。歩き方は、来たときと同じだった。ポケットだけが、もう膨らんでいなかった。
何の紙かは、分からない。
効く、という言い方からすると、切符とか、券とか、そういうものなんだと思う。割引券というものなら、僕は売店の五十円しか知らない。あれは紙ですらない。古さからすると、あの紙は、僕の生まれる前からありそうだった。
まだ効くか、と聞かれるものなら、僕も一つ持っている。研修生という口約束だ。あれは、紙にも書いていない。書いてあるのと、書いてないのと、どっちが強いのかは、考えたことがなかった。
それ以上は、考えなかった。分からないことは、この山には毎日ある。僕は分からないことを、分からないまま置いておくのが、たぶん人より得意だ。
ただ、一つだけ覚えていることがある。
紙を財布に戻すとき、その人は折り目を指でひとなでした。伝票やレシートに、そういうことをする人はいない。あれは、たぶん、癖だ。何年も同じことをやってきた指の動きだった。
あの財布の深さのところに、あの紙は、ずっといるんだと思う。
もらった球は、夕方に洗った。
線の入っていない球は、やっぱり籠には入れられない。木箱に分けて、打席の隅に置いて、ご自由にどうぞ、と書いた紙を貼った。
次の朝には、半分になっていた。
その次の朝には、少し増えていた。誰かが、自分の拾った球を、箱に足していったらしい。減った日もあれば、増えた日もあって、箱はいつも、だいたい半分だった。
箱を作ったのは僕だけど、箱はもう、僕のものではないらしい。
なくなった球が、誰かに拾われて、また誰かのポケットに入って、たぶんまた、どこかでなくなる。
ロストボールというのは、そういう球のことだ。




