第9章(明菜が二歳の時に亡くなった兄)
母が二十二歳の時、事故で育ててくれた義理の父親と、兄であり戸籍上は弟として
育っていた息子の信彦が亡くなった。母は憔悴しきって、モデルの仕事もできなくなり、
大阪へ戻って来た。久しぶりに母に抱かれる明菜だったが、
母の心が亡くなった信彦のことで占められているのが分かった。
きっと、祖母の子として育てられた実の息子・信彦を、母として抱きしめ、
愛してあげられなかったことへの後悔もあったのだろう。
母は兄・信彦の死を受け入れられず、半狂乱になって精神を病んでしまった。
その頃から、明菜には兄の霊や不思議なものが見え始めた。
いつもお菓子を半分に分けて「どうぞ」と誰かに話しかけているので、
祖母はその光景に遭遇することが多かったという。首をかしげながら、いつも見ていたそうだ。
明菜も、いつも誰かに守られていると感じていた。
物心ついてから、兄がいるのは別段変わったことではなく日常だったので、
兄が見えても祖母や母に告げることはなかった。
兄が連れて来たのかどうかは分からないが、明菜の周りには、
時代錯誤の実にバラエティに富んだ人々がいた。着物にちょんまげ姿、
江戸時代の姫君のような女性や、鎧兜の武士たちなど。どこまでが現実で、
どこからが夢なのか。記憶の中の幼い明菜は、まるで物語の世界の中に棲んでいるかのように、
不思議がいっぱいだった。さまざまな精霊や、過去の人々の念のようなものが普通に見えていた。
ぶつかりそうになっても、自分をすり抜けていく人々。
半透明で、光の具合によっていなくなってしまったり、
屋根や木の上から話しかけてくるのも日常茶飯事だった。たまには一人にしてほしいと思うと、
途端に気配は消え、しばらく姿を見せなかったりもする。
そういうことも、賑やかな親戚が遊びに来るくらいのこととしか捉えていなかった。




