第63章(すれ違う二人の心)
次の日は、涼とは会うことができなかった。朝早くからオペが入ったらしい。
そういえば、どこかで救急車の音を聞いたような気がした。涼も酔っていたはずだ。
あれからどうなったのか? どうやって、このベッドに寝かされたのかも知らない。
幸せな囁きだけが、記憶の底に残っていた。「もう、それで充分だ」と思うのだが、
涙が勝手に溢れて止まらない。 いつも格好をつけた高級店ばかり連れて行ってくれた涼なのに、
親友たちとしか行かない秘密の隠れ家みたいなお店に連れて行ってくれたのが嬉しかった。
涼に近づけた気がした。 でも、あのビルは小泉財閥と西井医療機器の共同出資で叶えられる
未来型の病院だ。涼と茜の結婚が、その条件のひとつでもあるはずだ。
「だから、涼は小泉茜と結婚しなければならないのだろう」と理解していた。
由紀奈が 「来月、茜の結婚式に明菜も来る? 西井家の一員みたいなものだから紹介したいし。
兄貴も喜んで張りきっているしね」 と言った時、 「その頃は映画の収録もあるし、無理だと思う」 と
即答していた。本当はそんな予定などない。一刻も早く東京に帰りたくなった。
「マネージャーから連絡があって、今日の昼の新幹線で帰らないといけなくなっちゃった」と
残念そうに言って、西井家を後にした。もちろん、そんな電話などない。
涼の顔を見るのが、昨夜のこともあって辛かったからだ。 「いつでも電話してきてね。
遠隔治療もできるから」と言うと、由紀奈も安心したようだった。 新幹線の窓際の席に座り、
外の風景が飛んで遠のいていくを見つめながら、「涼と会うことは、もう二度とないかもしれない」と
予感していた。 「所詮、涼にとって自分は妹のような存在なのだ」と思うと悲しくなった。
「兄として妹を守ってくれるという意味を込めて、ティアドロップのティファニーの
ネックレスをプレゼントしてくれただけなのだ。二人同時に贈ってくれたのが何よりの証拠だ」と
気づいた時には、何もかもが嫌になった。 剛のためにとか、由紀奈のためにとか。
涼のためにと、エネルギー療法をして、東京にいる時もどんなに忙しくても時間を取って
エネルギーを飛ばしていたのに。涼に愛されたくて、会いたくてやっていたわけではないのに。
この脱落感は何なんだろう? 涼が他の人と所帯を持つなら、会いたくない。
会えば、恋しくて母のように愛人でもいいと思ってしまいそうだ。そんなのは惨めすぎる。
明菜は仕事が忙しいのを理由にして、四か月も関西に行くのを辞退していた。
そろそろ由紀奈の赤ちゃんも生まれている時だろう。




