第57章(霊査で剛の思いを伝える)
「早く由紀奈の所に行ってあげないと。剛君の想いを本人から聞いてもらいたいから。
涼さんも近くにいてもいいと思う。あらかじめ、剛君にも聞いてみるけど」 と、
ポルシェに乗り込み、先を急いだ。忙しいことが救いだった。
病院に行くと、そこには由紀奈がベッドの脇で、剛の手を握ったまま眠っていた。
涼が肩を揺すぶって起こす。目が覚めた由紀奈は明菜の姿を見つけて、
嬉しさに小躍りしながら抱き着いて来た。 「会いたかった。また綺麗になって。ドラマ見たよ。
別人みたいやった。遠くの存在になったようで寂しかったけど、来てくれて夢みたいやわ」 と
賑やかな様子に、明菜も応えて明るく振る舞う。 腕の包帯の跡が、彼女の病んだ心を物語ってはいたが、 「お兄ちゃん、ずるい。迎えに行くなら連れて行って欲しかったのに。
一刻も早く会いたかったの、知ってるくせに」と責める。
「今日はポルシェしか空いてなかったんだ。二人乗りだから無理だったんだ」と釈明している。
明菜は、由紀奈の横に立っている剛の姿を認めて聞いた。 「私に乗り移って欲しいんだけど、
やり方わかる? あと、涼さんも近くにいて大丈夫?」 涼と由紀奈は、始まったことを理解したようで、顔が神妙になっていた。 「本当に、僕の姿が見えるの?」 と剛の霊の顔が輝いていた。
「魂が体から離脱した日、私の所に来て、話をしたじゃない?」 と言うと、
「忘れてた。こんな体になって、どう扱えばいいのか、わからないことだらけで。
明菜さんのことを思い出したら、行けたのだけど。夢だったような気もしてきて。
本当に来てくれたんだね。ありがとう」 と言って、お互い手を合わせると、
明菜の中に剛が入って行った。 一度蹲ったが、やがて低い声がした。喋り方が剛そのものだった。
「剛なの? 私がわかる? お腹には、剛の子供がいるのよ。私に何があっても育ててみせるから、
大丈夫だからね」 せっかちな由紀奈を黙らせるかのように、ギュッと抱きしめる。
「本当に剛なの?」 言葉は、すでに涙声だった。 「ごめん。こんなことになっちゃって。
でも、ずっと僕は君の傍にいたよ。泣き叫ぶ姿や、自殺未遂をしている君を止めることもできないで、
苦しかった。 あの時、僕が救急車で運ばれて緊急手術をした時、
君の心臓が止まって僕の元に来てくれたね。とっても嬉しかった。やっと抱きしめることが出来て、
二度と離れたくないと心から愛おしくて仕方なかった。このまま連れて行けたらと頭をよぎったよ
。 でも、君のお腹には僕の赤ちゃんがいたんだね。『パパ、ママを連れて行かないで』と諭されて、
諦めたよ。いや、希望が湧いたんだ。この世に、僕の生きて来た証がある。
君と愛し合った日々が息づいている。それだけで、どれほど幸せなことだろう。
多分、僕の体にはもう戻れないと思う。でも、もうしばらく一緒にいたい。
子供を抱くことさえ出来たら、もう充分だ。他にいい人を見つけて結婚してもかまわない。
君の幸せだけを祈ってる。 子供は僕の母が育ててくれるって言っている。
まだ五十歳前なので、自分の子でも通用すると言って喜んでいたよ。
だから、産んで欲しい。君が忘れるまでは近くにいるから。明菜さんには悪いけど、
こうやって、たまに話すことができたら嬉しいな」 言いたいことだけ言って、消えた。
明菜の体力を配慮してからのことだろう。由紀奈は、その日、明菜の胸の中で泣いた。
「このブラウスは、二人分の悲しみの涙を吸ってあげた記念になりそう」 と
微笑ましく感じたのは、何故だったのだろう。




