第55章(涼の苦悩)
「一緒に病院経営をしようと思っていたから、急に親友と弟を亡くして、
どうして良いのかわからないのは、僕の方なんだ。僕がしっかりしないといけないと
頑張れば頑張るほど、心が行き場を失くして彷徨っている感じなんだ。夜も眠れない。
こんなこと、明菜ちゃんに言うつもりはなかったんだけど、どうしてかな? 顔を見たら、
言わずにはいられなかった」 と言う涼の目には、涙が滲んでいた。
43号線で神戸に向かっているようだった。海が近いところで、 「ちょっと停めてもらってもいい?」 と、できるだけ明るい声で言ってみた。 「海か。鳴尾浜か西宮のヨットハーバーあたりがいいかな?
芦屋浜は、海って言っても何もないしね」 と悩んでいるので、
「芦屋浜がいいかな。ロイヤルテニスコートの南側に、海が見える堤防みたいな所があったでしょう? あそこなら車を止めて話をするのに最適。誰も来ないし、車も滅多に通らないし」 と言うと、
明菜の想いがわかったらしく、芦屋川の手前を左折した。 ロイヤルテニスコートが右に見える。
のどかな午後、市民がテニスに興じている。あの17歳の誕生日のお祝いにテニスのフルセットを
プレゼントされ、初めてテニスを涼に教えてもらった記念の場所だ。 空は青く澄み渡っていて、
風は心地よく、今日は最高のテニス日和だ。車を止めて堤防の上に上ると、海が見える。
テトラポットに波が吸い込まれていた。懐かしい風景。少し肌寒いのは、風が強いせいだ。
涼は以前と同じように明菜の横に座って、海を見ていた。 明菜は、そっと涼の背中に手を置いた。
「肝臓が悪い? お酒? ストレスかな? 膵臓も赤信号。医者の不養生って言うの?
あら、腰も痛そう。どうやったら、こんな体になっちゃうわけ?」 と溜息を吐きながら
手をスライドさせる。 「温かい。気持ちいいなぁ。最近、手術が続いていたからなぁ。
ろくに食べてない。お酒ばかりで紛らわして、アル中寸前だ。寝酒がなければ、眠ることもできない。
熟睡できなくって、いつも疲れていて体がだるい。 検査を受けても数値は悪いけれど、
生活習慣でどうにかなるくらいだし。患者が待っていたら、自分のことは後回しになる。
今日だってオフなのに、ポケットベルを持たされて、いつ鳴るのかビクビクしている」 と、
吐き出すように話は尽きない。 涼の厳しい日常が、手に取るようにわかった。
「1週間、仕事を入れないようにマネージャーに言って来たから、
毎日、由紀奈と涼さんの治療をやってあげる。時間はちゃんと取ってよ。
言うこと聞かなかったら見放すから。それほど、ひどい状態だってことを自覚してもらわなきゃ」 と
厳しい顔つきで言った。 「了解。全力で明菜先生の治療に専念するよ」 と敬礼して、
おどけてみせた。 ふと見ると、涼の目から涙が溢れている。
なんでだろう? 勝手に涙が出てきて止まらない」 そう言う涼の顔を抱きしめてあげた。
驚いていたが、すぐに身体の力が抜け、明菜のされるがまま胸の中で泣いた。




