第54章(涼との二人きりでの悲しみに暮れる再会)
涼が、あの時と同じポルシェに乗して、新大阪駅まで明菜を迎えに来てくれた。
「今回は、だいぶ世話になったね。すっかり有名人になって、仕事は大丈夫なの?」と
心配してくれていた。 「うん。すぐに来られなくて、ごめんなさい。由紀奈は大丈夫?」と聞くと、 「今は安定期になったらしく、すごい食欲。二人分食べないといけないらしい。
医学的には食べ過ぎは悪いはずなのに、相変わらず兄貴の言うことなんて聞かないよ」 と笑う。
「この優しそうな笑顔が好きだったなぁ」と、懐かしいくて愛おしい。
でも、この人にはもう婚約者がいるのだ。諦めなければならない。
「由紀奈の親友だから、今日も迎えに来てくれただけ。期待はしてはいけない」と自分を諫める。
「病院に行く前に、ランチでも行こうか?」と言ってくれる。
「新幹線の中で軽く食べたから大丈夫。早く由紀奈に会いたい」と言ったら、少し残念そうだった。 「僕も大事な話があったんだけど。まぁいいか。今日は泊まれるんでしょ?」と聞いた。
胸がチクリと痛む。 「律儀に、約束のことを改めて言わなくてもいいのに」と恨めしかった。
意気消沈している明菜を心配して、 「そうそう、あの日、救急車で運ばれて、
由紀奈が助かったのは明菜ちゃんのおかげだ。連絡くれてありがとう。
救急車の中で、実は一瞬、由紀奈の心臓は止まったんだ。
剛が連れて行ってしまうんじゃないかって恨んだよ。でも、戻って来てくれた。
ただ、お腹の子供が危なかった。あの時は、由紀奈の未来を考えたら、
子供は生まれない方がいいかと頭をよぎった自分が恥ずかしいよ。
由紀奈は、剛があんな姿になっても結婚することを望んでいるんだけれど、
多分、剛はこのまま植物人間のまま。回復は望めないと思う。
これは、親たちと相談して決めていることなんだけど、生まれて来た子供は母の子として
育てようと思っているんだ。 まだ遠い話なんが、西井家の相続を考えると、
兄弟が多い方が助かるって父が言うんだ。僕が医者になったのは父の悲願だったんだけど、
由紀奈には西井家本体の事業を継いでもらいたかったようなんだ。でも、剛との縁談が決まり、
西井家の事業は自分の代で終わらせようと思っていたらしい。
それが今回、由紀奈の子供が男の子だってわかって、この構想を考えついたそうだ。
僕も、弟がこの年でできるなんて嬉しいし、子供を家族みんなで育てていけるなんて、
かえって幸せなことだと考え出して。まぁ、剛君のことは、由紀奈が思う通りにしてあげたいし、
新しい病院の形態も、そのことを中心に置いて考えているんだ。
由紀奈なんて、おてんばで、剛くらいしかもら-くれる男はいないと思っていたからね。
これからずっと独身かもしれないだろ? だったら、好きな男の子供がいてくれるだけでも、
生き甲斐になると期待してるんだ。 明るく振る舞っているけれど、
どう見たって躁鬱病だと診断してるんだ。鬱の時は目が離せない。自殺未遂も二度もしてるんだ。
なのに本人は自覚がない。全然覚えていないらしい。
僕の専門は外科なので、心療内科の医者を探しているんだけど、本人が行きたがらないんだ。
毎日病院に行って、ずっと剛のベッドの脇にいる。守ってでもいるように。
明菜ちゃんが来てくれて、剛と話ができるのを楽しみにしているんだけど、僕も同席していい?」




