第48章(鬱で苦しむ母との3年間)
そんな切ない夜が終わると、嘘のように殺人的な忙しさに追われ、あっという間に三年が過ぎて、
女優としても一世を風靡した。良い作品にも恵まれ、女優賞まで頂くことができた。
仕事も面白くなって、大学も休学。目指した仕事ではないが、稼げるようになって、
祖母も夜勤を辞めることができた。母も大野に囲われているのを辞めて、東京で同居している。
お金の苦労がなければ、自由に好きなことができるようになる。そう思っていたのだが、
母の精神は病むばかり。エネルギー療法でも、オルゴール療法でも治せない。
自分を犠牲にして生きて来た歴史が長すぎたせいなのか。頑張り過ぎて壊れてしまったのか。
あれこれ本を読んで試してみるものの、母の心の闇には近づけなかった。
目が離せない。自殺行為に走り出したのは、大野との別れがあってからだ。
あの時、無責任に大野の愛人になることを勧めた自分のせいだと思って、
どれだけ後悔したことだろう。でも、決断したのは母だ。
子供でも、母のことをコントロールすることなどできない。
大野との生活を選んだことが悪かったのか。それとも、男性に対しての健全な意識が
欠落しているためなのか。恋は母の活力の根源には違いないが、その熱い想いで男をダメにしてしまう。尽くして尽くして、自分を犠牲にしてまでも。 愛情に飢え、求めることに、
男性が応えられなくなるのではないか。お金のためだとか言っていたが、自分を愛せない母は、
自分を好きだと言ってくれる男性に弱いのだ。根本的に何かが間違っていると思いながら、
恋愛経験の乏しい明菜には、何もしてあげられなかった。
もし、目を離していた時に命を絶つことがあったとしても、運命だと諦めるしかないのか。
どれだけ霊査しても、宇宙エネルギーを与えて気づきを高めてみても徒労に終わる。
そんな成果の出ない、真っ黒なトンネルに迷い込んでいた。 病院では治らないと思い、
行かなかったのだが、度重なる自殺未遂に疲れ果てて、相談に行くことにした。
母はすぐに心療内科に回された。鬱病だと診断され、薬をたくさんもらった。
次の予約は混んでいて、二か月後しか取れなかった。どこの病院も心療内科はいっぱいらしい。
世の中に、これほど精神を病んでいる人がいるなんて知らなかった。
毎年、自殺者が四万人以上いると聞いたことがあるが、そんなに深刻な状況だったなんて、
身内がそうなってみなければわからないものだ。 薬はあまり飲ませたくはなかったのだが、
「さっき飲んだら少し楽みたい」と母は言う。でも、目がうつろで嫌な予感がした。
本で病気について色々調べた。優しくて頑張り過ぎの人が、鬱になりやすいのだと書いていた。
成功して高い評価を得て、大きな期待に耐えかねて自殺する人も多いとか。
自分のことをないがしろにして、嫌でも我慢して他人に尽くしていると、
自分のことがどんどん嫌いになるらしい。病状を悪くするそうだ。母も生活のために、
私達のために無理をし過ぎたのかも知れないと思った。
そういえば、芸能界でも成功している人に鬱の人が多いと聞いたことがある。
プロダクションが隠しているけれど、病んで芸能界から姿を消して療養している人も多いようだ。
鬱の人に言ってはいけない言葉をチェックする。ポジティブな言葉や、
相手を勇気づける言葉はタブー。説教じみた「こうしたらいいのに」みたいな言葉もダメらしい。
相手の言葉を聞いてあげて、あまり甲斐甲斐しく面倒を見たり、気を使い過ぎるのも、
お互いが倒れてしまうから辞めた方がいいらしい。 繊細な母は小さなことでも、すぐ傷つく。
深い意味で言ったわけでもないのに、過去のトラウマがヒリヒリ痛むのか、
ヒステリックに泣き出したりする。祖母が病気になったのも母のせいかも知れない。
体が病むのも、ほとんどがストレスだと言われている。 明菜だって、他人の偏見や誤解、
奇異な目に傷ついたことは無限大。嫌なことも数えきれない。
それでも、性格か、自己防衛本能が働いてか、嫌なことや考えても仕方ないことは、
パンドラの箱に押し込んでいるかのように忘れるようにしている。何事も深くは追求しない。
時間が解決してくれる。成り行き任せに生きている。年齢が行けば解釈も変わるだろう。




