第44章(恋心が再起動するコンサート)
時間になると、周囲から沢山の若者たちが集まって来る。
「今年も、我が医学部ヨット部の合宿にお集まり頂き、ありがとうございます。
おかげさまで晴天に恵まれ、京都大学以外からもヨット体験にこれほど多くの方々が集まるなんて
光栄です。二泊三日のヨット体験で、風を感じて青春を謳歌できますことを部員一同願っています。
今年は、同じく京都大医学部メンバーによるバンドのコンサートも予定しています。
まずは皆様の親睦を兼ねてオープニングパーティーを開催します。
お近くのテーブルにあるお飲み物をセルフサービスでお取りになり、
まずは乾杯の音頭をキャプテンの広田誠にお願いしたいと思います。それではどうぞ」
黒い肌に白い歯が印象的な背の高い男性が準備したタイミングで、 「乾杯!」と大きな声でまとめる。
「挨拶、何もないんかい」と野次っているのは涼だ。声がよく通る。絶妙なツッコミで皆を爆笑させる。 「あー、今、お褒め頂いたのは、今回ゲスト出演頂くことになった西井涼さんです。
大学二年生だったっけ?」 「三年になれたし。危ないところやったけど」と答え、
周囲から野次が飛んでいる。 「しばらくお食事と会話を楽しんでいただいているうちに、
西井涼率いるバンド【ティアーズドロップ】のコンサートが間もなく始まりますので、
しばらく歓談のほどを。その後、2時からグループ分けをしていますので、
それぞれの番号のところに集まって、それぞれのリーダーからヨットに乗船する説明を受けてください。くれぐれも事故のないように。可愛い女の子には、医者の卵が誠意を込めて治療に当たりますので、
何かあってもご安心ください」 と笑いを取ってマイクを置く。
しばらくバーベキューやケータリングの料理に舌鼓を打ちながら歓談。
互いに紹介し合って飲み物を勧めている。これから乗船することもあってソフトドリンクばかりだが、
同じ世代の若い男女がこれだけ集まると活気がある。 明菜たち3人も人の輪に入り、
数人の男子に囲まれ、食事を運んでもらいながら紹介し合う。
キーボードやドラム、ギターとベースの調音が終わると、いきなりサザンや山下達郎などの
聞き慣れた音楽がメドレーで演奏される。3人も舞台上に注目して驚いた。
キーボードは西井涼、ギターは山野隆、ドラムは田島剛が担当。
歌もピンマイクで代わる代わる歌っている。ベースだけは初顔合わせだが、北村透と自己紹介していた。 「ノッてるかーい!」 と大声で盛り上げているのは涼だった。
会場から 「イェーイ」 と声が上がる。 「元気ないんじゃない? お腹空いてる?」 と
伴奏しながら変な音を出す。会場から笑いと拍手が起こる。
「会場が温まって来たかな? じゃあ、もう一度、ノッてるかーい?」 と
4人同時に声を合わせて呼びかける。 「イェーイ!!」 今度は会場の声もノッている。
「ティアーズドロップ、涙の雫、ヨロシク」 と言うと、メローなオリジナル曲が奏でられる。
サビの部分は 【もう泣かないで。僕がいつもここにいるから。
泣きたい時は、胸を貸してあげる。もう泣かないで。涙の雫が僕の胸を濡らすけど。
もう大丈夫、僕はいつも君の傍にいるから】 とリフレインする。 明菜を見つめながら、
涼が歌っている。明菜はネックレスのペンダントヘッドを指で探った。あの時の歌を、
涼は歌ってくれている。胸が熱くなった。 諦めていたはずの恋心が、またざわめく。
涙が溢れそうになって、目を伏せる。周囲の誰にも気づかれないように、そっと目尻を指で拭う。
その後の軽快な歌で皆も躍ったり、声を出して盛り上がる。涼の洒脱な語りで皆が笑う。
2回のアンコールに応えて、主催者が 「時間切れです。強制終了させていただきます」 と言うと、
皆がブーイング。 涼が 「オッケー。明日も、ティアーズドロップのコンサート、来ない奴は後悔させてやるから、待ってろよ。」 と絶叫して、音楽が止んだ。
「この後、水に濡れても大丈夫な動きやすい服装で、自分のグループの番号までお集まりください。」 と言って、コンサートは終了した。
舞台から飛び降りた涼は、一目散に明菜のところに来て背中をポンポンと叩いて笑う。
息が上がっていた。舞台上で暴れすぎだ。 「また、後でな。同じグループにしておいたから。」 と
耳元で囁くように言い、由紀奈に気付かれないように去っていった。
由紀奈は剛と少し照れながら話をしていた。利絵は山野といい感じだった。
しかし、さっきのコンサートには驚かされてばかりだった。前もって知らされてもいないのに、
テンポの良いダンスミュージックを演奏し始めた時、いきなり利絵が舞台で踊り始めたのだ。
さすがオリンピックに出たかもしれない体操技で、腰の負傷も感じさせない。
カモシカのような長い足がリズミカルに空を切る。ブレイクダンスのように回転したり、
ジャンプする。跳躍の高さに皆が拍手喝采。まるで打ち合わせたかのように息が合っていた。
後で聞いたら、全国大会で踊ることになっている曲がたまたまかかったので、
練習がてら踊ったらしい。 これで利絵は一躍、有名人になった。
明菜はできるだけ気配を消して、目立たないようにして、そっと利絵から離れていた。




