第37章(軽井沢の別荘でのロマンス)
軽井沢の別荘には、東京での仕事を終えてから合流できた。テニスコートでは、
由紀奈が予想どおりのリアクションをしてくれた。
「いつの間にテニスできるようになったん?」
と、カモシカのような長い脚をニヤニヤ顔で見ている父親と兄貴を睨みながら言っていた。
「このテニスウェア着てるのを見たかっただけちゃうの?」と。
「いやいや、由紀奈が明菜ちゃんとテニスしたいって言うから、
親父と驚かしてやろうと思ってやったんやんか」
と涼はデレデレだった。
父親も、この日初めて明菜とテニスができて嬉しそうだった。
「ほら、みんなが見てる。きれいなお嬢様を連れていると鼻高々だよ。」と父親が言う。
「でも、脚の長さ違いすぎない?」と恥ずかしがる由紀奈に、涼の友人・田島剛が、
「いや、由紀奈ちゃん、可愛いです」と赤面している。
聞けば、涼の命の恩人らしい。京都にはライブハウスがいくつかあるが、
飲んで階段から落ちた涼を受け止めてくれたのが剛だった。
ラグビーで鍛えられた筋肉がたくましかった。
「これ全部筋肉なん?」と珍しそうに由紀奈が触りまくるので、剛は嬉しそうに戸惑っている。
「剛もテニスはやったことないらしいから、4人で軽くラリーしようか。」
と涼が促してコートに入るのだが、由紀奈は対戦モードで剛を右へ左へ揺さぶっていた。
ラグビーで鍛えた脚でどうにかついて行っていたが、最後にはコートに倒れてギブアップしていた。
涼は明菜の打ちやすいような球を返してくれるので、ラリーが続く。
夏なのに、軽井沢の風は涼しい。テニスには格好の天気だった。
旧軽井沢にある西井家の別荘は林の中にあるので、昼でも涼しい。
ただ、夕方になると急に雨が降る。それも豪雨で、雷も爆撃機のような轟音を立てる。
なので、外でバーベキューとはいかない。外では雨音だけが響いていた。
慣れるまで震えていた明菜だったが、涼のいたずら好きに由紀奈が騒ぎ立てるので、気が紛れた。
「明菜さんってモデルなんですか? 日本人離れしているけど、ハーフなんですか?」
と剛が恐る恐る聞いてきた。
「父はカナダ人だったらしいけど、会ったことないんで知らないの。
ママのパパはアメリカ人らしいけど、これってハーフ? クオーター?」
「グローバルですね。僕なんて広島産の生粋の日本人だから、憧れちゃいますね。」と、
話題が見つからず沈黙が続く。
「我が家は普通のサラリーマン家庭なんで、兼業農家だし。軽井沢の別荘なんて来ることのない
一般家庭なんで、萎縮してしまって。西井は金持ちなのに全然自慢しないし、
兄妹喧嘩もお笑いみたいで羨ましいな。」と独り言のように言う。
「うちも祖母も母もシングルマザーで苦労してきたから、別世界のようで、ここにいるのも
信じられないくらい。」と言うと、剛の安堵した顔が見えた。
西井家の両親たちは、まだ隣接する家屋でパーティーの真っ最中のようだ。
未成年の4人だけは、食べるだけ食べて、この離れでくつろいでいる。
明日はレンタルサイクルで軽井沢を周遊しようと計画中だ。
「ランチはどうする?」
「馬車に乗ってみたい。」と、観光ガイドを見ながら話は尽きない。
剛はずっと由紀奈をチラチラ見ている。好きだと言わなくても、誰の目にも恋しているのがわかる。
明菜も涼に釘づけだった。ゲームをしていても、ビデオを見ていても上の空。
「あんな兄貴のどこが、そんなにいいん?」と呆れて由紀奈が言うくらいだった。
8時を過ぎると雨は止み、きれいな月が見えた。光を求めてセミや昆虫が家に入ってくる。
都会では馴染みのない昆虫たちに、女子たちは逃げ回る。剛だけは田舎育ちなので、
笑って手で虫たちを捕まえて外へ逃がしてやる。「肝試しをしよう。」と言う涼に、
由紀奈は猛然と反対する。
「ひとつ向こうの別荘は、もう何年も避暑に来ていないけど、何かあったんじゃないかって
噂されてるんだ。誰もいないはずなのに、中から火の玉のようなものが見えるらしい。
もしかしたら泥棒とか? あるいは、惨殺された人の魂かも?」由紀奈は涙目になっている。
「本当にやめて。怖いんだから。また眠れなくなっちゃう。」
「生きてる人ならやっつける自信がある、怖いものなしの由紀奈の唯一のウィークポイントだからな」
と涼は笑いをこらえている。
「お化けが怖くない人なんていないやん。」と口をとがらせる由紀奈に、明菜が口を出した。
「大丈夫だよ。チャンネルさえ合わせなければ」「チャンネルって?」と剛が反応する。
「普通の人は、そこにいても、あんまりもののけと接点を持つことはないみたいよ。霊感があるとか、自殺したいくらい自分のことが嫌いになった時には、たまに縁を持つようだけど。それは霊たちと波動が合っちゃうわけ。つまりラジオみたいなもので、周波数が合わないと聞こえないでしょ。でも、チャンネルを回したらいろいろな番組が聞こえてくるじゃない? 目には見えないけれど、電波が通っているの。古代からの人々の想いのエネルギーがそこに残っていて、波動が合った時に見えてるような気がするの。霊能者って、受信するチューナーを持っているだけなのかもしれないと思うんだけど。」
「明菜は見えたりするの?」と由紀奈がおそるおそる聞く。
「昔は見えていたけれど、大きくなったら見えなくなった。由紀奈と出会ってからかな。
きっと現実が楽しくなったからだと思うよ。」
「見えてたって、何が? どんなふうに?」と由紀奈はめちゃくちゃ食いついてくる。
「由紀奈は怖い話が実は大好物なんだ。これで今晩は眠らせてくれないよ。
一番怖いのは、こいつの好奇心なのに」と涼が笑って退散する。
涼が言ったとおり、小さな子どものように由紀奈は明菜の不思議なストーリーを次々にねだって、
朝近くまで眠らせてくれなかった。
それでも、この日を境に二人の仲がより深く結ばれたことは確かだった。




