第36章(17歳のシンデレラ)
明菜の誕生日は、ホテルプラザのランデブーグリルで行われた。当時、関西では屈指の
フレンチレストランだった。朝日放送関係のホテルプラザの最上階にあり、
美味しいとグルメの舌をうならせていた。
学生服から由紀奈の持って来たドレスに着替える。水色のドレスはシンプルなのに、
裾や胸元に綺麗な刺繍が施されていて、品があった。
「これ、ママのドレスなんやけど、私には似合わないんよ。でも、明菜なら着こなせると思ってた。イタリアの有名ブランドなんやけど、身長があって、やっぱり映えるわ。ママも背が低いから、
気に入って買ってきたんやけど、結局一度も着てないんやって。
良かったら、ママからのプレゼントやと思ってもらってやって。」と言われた。
由紀奈は、お気に入りの山本ケンゾーのワンピース姿。全く違うタイプなので、
由紀奈の持っているワンピースだったら、明菜には派手に映ったことだろう。
シルクのような肌触り。いつもの編み込みの髪をアップにして、
真珠の髪飾りをつけてくれる。薄化粧を施すだけで、輝くような美しさにため息が出る。
「さすがモデルをしてるだけあるわ。日頃と全然違うやん。」と、
高いヒールのパンプスを勧める。姿勢も歩き方も、たったそれだけで別人のようだった。
西井家の皆が一斉に明菜を見て、賞賛の声を上げる。
レストランの客たちも明菜の美しさに見惚れているのが分かる。
支配人が自らテーブル席までエスコートしてくれる。立ち居振る舞いは、
どこから見ても貴婦人そのものだった。
涼もびっくりし過ぎて、口が半開き。由紀奈も、この美しい親友が誇らしかった。
「素敵。やっぱり明菜ちゃんに、そのドレス似合うと思った」と喜ぶ母親と、
「乾杯はシャンパンでいいかな?あっ、未成年だったか。ブドウジュースでいいかな?」
と、父親もこの美し過ぎるゲストに戸惑っている。「明菜、17歳のお誕生日おめでとう」
と由紀奈がグラスを高々と上げて、乾杯を促した。 テーブルマナーは母から教え込まれているが、こんなに美味しい料理は食べたことがない。
カタツムリやフォアグラのソテー、オマールエビ、ヒレステーキだって生まれて初めて食べる。
色鮮やかなケーキやデザート。甘くて溶けてしまいそうな至福の時。
「こんなにしてもらって、いいのかしら?」と戸惑う明菜に、
水色の可愛いボックスが涼から手渡された。リボンを開けると、
同色の袋にシルバーのペンダントが入っている。「ティアーズドロップ。涙の雫って言うんだ」
と、涼が後ろから、そのネックレスを明菜に着けてくれた。
涼の胸の中で泣いた先日のエピソードが頭をよぎり、胸が熱くなる。
「それ、ティファニーのでしょ? うちが欲しがってたのやん」
と由紀奈が羨ましげに言うと、もう一つの水色の箱を由紀奈にも渡して言った。
「友情の印。おそろいで買っておいたから、大事にしてや」と照れ隠しにおどけてみせた。
「ウソーッ。兄貴にしては洒落たことするやん。嬉しい。
大切にするわ」と、明菜以上に興奮していた。
日本に上陸したてのティファニーは、三越デパートにしかまだなかった。
そう言えば、オープンハートを見たのも、こんなパッケージのお店だったということを明菜も
思い出した。「こんな高級なもの、頂けないわ。」と明菜が恐縮しているのも構わず、
「二人の友情の証やん。明菜の誕生日のおかげやわ。ありがとう。そして、おめでとう。
これからも、ずっと友達でいてくれる?」 と、自分の胸にもネックレスを着ける。
「良き親友は青春の宝物だからな」と、父親もワインで少し巻き舌になって言っていた。
「夏休みには、軽井沢にある西井家の別荘にご招待しよう。
軽井沢旅行が父親からのプレゼントらしい。 今は秘密にしておかなければならない。
父親と涼と明菜だけが、由紀奈のために企てた贈り物。今から驚く顔が目に浮かぶ。
明菜はご機嫌な父親に畏敬の念を込めて、深々とおじぎをする。涼も含み笑いをして、
明菜に目くばせをしていた。西井家のみんながお酒を飲んでいたので、タクシーに分かれて乗る。
タクシー代だと渡された封筒には、一万円入っていた。「楽しかったわ。由紀奈の、あんなに嬉しそうな顔、初めて見たわ。また家にも遊びに来てね」と母親が握手を求めた。温かくて柔らかい手だった。
「髪飾りはうちからのプレゼント。ドレスに似合うと思って奮発したんやから、大事にしてね」と
由紀奈が言って、ハグをした。男たちは片手を上げて、笑顔で見送ってくれた。
普段ならワンメーターで降りて、タクシー代を生活費に充てるのだが、
この日は家までタクシーに乗って帰った。二駅なので、二千円もかからないだろう。
こんな華やかな姿で市営住宅まで歩くのは危険だとも思ったからだった。
胸に揺れるペンダントヘッドを触りながら、涼の意味ありげな様子に思いを馳せる。
家に帰ると、珍しく明かりが灯っていた。母がケーキにろうそくを立てて、
ハッピーバースデーを歌ってくれた。大野さんとは、うまくいっているようだった。
プレゼントもあった。ヴィトンのバッグだった。「どうしたの?これ、高いんでしょ?」と
聞くと、大野さんからのプレゼントだという。
「素敵なドレス。イタリア製なの? まだ日本に上陸してないブランドみたいね。」とタグを見て、
母は品定めしていた。
「いい友達に出会えて良かったね。」と、今日の誕生日パーティーのことを話したら喜んでくれた。
「それで、涼君のこと好きなん?」と聞くので、コクリと頷くと、母は思いっきり抱きしめてくれた。
「大きくなったね。あんなに小さくて可愛かった明菜ちゃんがね。素敵な恋をいっぱいするのよ。」と
涙ぐんでいた。
「花嫁姿が楽しみやね」と言って、しばらく母の恋話に花が咲いた。
祖母も帰って来たのは0時過ぎだったので、誕生日は過ぎていたけれど、
可愛いピンクのお財布をプレゼントしてくれた。ノーブランドだったが、花柄が気に入った。
祝ってくれた、覚えてくれていたことだけで十分だった。




