第35章(お誕生日のプレゼント)
12時過ぎに百貨店のレストランに着いた。すでに由紀奈と母親は着いていて、食事をしていた。
初めて行く百貨店の上にあるレストランは白いテーブルクロスがかかっていて、
メニューを見ると高級すぎてびっくりした。「エビフライもおいしいよ。」と由紀奈が言うので、
メニューも見ずに「じゃあ、それで」とオーダーした。気後れすることばかり。
初めてのことばかりで、緊張して疲れてしまう。
その後、由紀奈のお洋服を見たり、明菜のプレゼント探しにエスカレーターを上り下りして、
足が棒になる。百貨店でショッピングするのも初めてだった。
ジュエリーショップで由紀奈が奇声を上げる。
「可愛い。このペンダントなんてどう?」と、ハート型の金のペンダントを指さす。
「オープンハート。ティファニーの。」と言って、明菜の首にかける。
さりげなく値段を見て、思いっきり拒否した。
「こんな高級品、頂けないわ。多分、持ってるだけで気が気じゃなくなるから、やめて。」
と懇願して、若い子が気軽に選ぶアクセサリー売り場の方に行く。
ハートや四つ葉のクローバーや星をモチーフにした可愛いデザインのものがたくさんあった。
由紀奈と一緒に、ああでもない、こうでもないと、あれこれ選ぶのが楽しかった。
できるだけ安いものを選ぶ明菜に反して、由紀奈はシルバーやデザイナーブランドのものを
勧めてくる。
「だいたい明菜の趣味は分かったから、由紀奈が選んで誕生日にプレゼントするね。」と言い、
結局何も買わずに別れてしまった。
まだまだ西井親子は買いたい物があるようで、
買い物疲れをした涼と明菜は先に帰ることになった。
「家まで送るよ」と言う涼に、
「梅田まで送ってもらってもいい?
紀伊國屋でお取り寄せした本を取りに行くのを忘れてたから」と言った。
「待ってるけど」と言う涼に、
「梅田は車を止める所がないから大丈夫。下ろせるところに止めてもらった方がいいと思う」と言い、
「来週の日曜日、何時に芦屋に行ったらいい?」と話題を変えた。
楽しみだったのは本当だった。
家まで送ってもらいたくなかったので、うそをついた。東淀川のあまり柄の良くない場所にポルシェは目立つし、市営住宅に住んでいるなんて知られたくなかったからだ。
一緒にいる時くらい、シンデレラでいたい。涼を好きになってもいいと思いたい。
贅沢なランチを食べて帰る家には、誰もいない。土日もなく祖母は働いているからだ。
狭くて暗い家に入ると、さっきまでの世界が夢だったような気がする。
「魔法が解けたシンデレラのようだ」と思って苦笑した。
涼の胸に顔を埋めた時のことを思い出して、胸がキュンと締め付けられた。
いい香りがした。ムスクって言ってたっけ? 水曜日に着て行く服を探す。フレンチって言ってたけれど、どんな服を着て行ったら良いのだろう? 学生服でもいいのかしら? 由紀奈にお礼を言うために電話したついでに、聞いてみよう。
「うちのドレスを見繕って持って行くから、どこかで着替えたらええんちゃう?」と気さくに
応えてくれた。
「兄貴は何もせんかった? えらい機嫌が良くて気持ち悪いんやけど」と言う。
涼の胸で泣いたことは言えなかった。
由紀奈と自分は同じ傷を持つ仲間なのだと思うと、余計に運命的なものを感じてしまう。
「由紀奈、ありがとうね。大好きだよ」と言ってみた。
ちょっと照れているのが、受話器の向こうの様子で分かる。
「私も。でも変な意味じゃないからね」と焦っている。
宝塚歌劇の影響で、レズビアンに憧れる女子が多かった時だったからだ。実際、男前の由紀奈は女子にモテていた。バレンタインにも後輩からたくさんのチョコレートをもらっていた。複雑な顔をして、
「でも、チョコレートには罪はないからね。おいしいし、ほら食べて、食べて」と勧めてくれる。
「ずっと憧れていますって書いてるよ」と、
利絵とメッセージを読みながらチョコレートを食べてからかっていた。
「そんな趣味はないからね」と口を尖らせてチョコを食べていた。
「この手作りチョコって迷惑だよね。こんなまずいものを好きな人に渡す精神が分からない。
これならチロルチョコの方がずっとマシだよ」
などと悪態をつきながら。返却するわけにもいかず、ごみ箱に捨てるのも忍びない。
人の好意を邪険にできないのは、拒まれることの苦悩を知っていたからだ。
今度、由紀奈に会ったら、抱きしめてあげようと思った。




