第20章(母の過去の男)
恋多き母は、最近、付き合っている男性がいるようだ。
恋は、どんな病気も跳ね除けてくれるようだ。
祖母は、「また男に騙されんかったらええけど」と心配していた。
事実、信彦兄貴が、「アイツは妻子持ちやで。俺の父親だった奴やがな。
また捨てられるのがオチや。あんな目に遭ったのに、性懲りもなく、見てられんわ。」
と、こぼしていた。
それでも母は、女としての潤いを取り戻したようで、若々しく、少女のように可愛かった。
「娘の明菜。美少女コンテストで受賞して、今はモデルしてるんよ」
ある日、大野という恰幅のいい男性を紹介された。
一流ホテルのフレンチのフルコース。一度も食べたことのない、
美しく美味な料理に戸惑いながら、母の恋人を観察していた。
「結婚されていて、一人息子がいらっしゃるんですって。明菜ちゃんと三歳違いかな?」
と紹介されても、戸惑うばかりだった。
「母を捨てた時にできた子じゃないか?
いや、生きていたら兄と同じ年だということは、
その当時、二股をかけていたのでは?」と、様々なことを考えてしまう。
そんな疑惑に応えてくれる、もののけたち。
「医大生になったばかりで遊び人だった大野の動きを止めるために、
婚約させられたのが、今の奥さんらしいで。」
「凄い財閥だったようで、今の大野総合病院を作る時にも、
多大な資金を用意してくれたらしい。
なので、付き合っていた女性みんなに手切れ金を渡して、身体を綺麗にしたつもりだったけど、
お母さんとの間に子供ができてたなんて、知らされていなかったようでな。
最近また再会して、焼けぼっくいに火がついた、というわけやがな」と、
もののけたちが教えてくれた。
大野賢一は、よく喋る男だった。母を捨て、苦しめたというのに悪びれず、
母との出会いを懐かしそうに話していた。ちらりと明菜を見る目が、
いやらしかった。女と見れば手籠めにしたいという、好色男独特のオーラが出まくっていた。
なのに、母は気がつかないのか。
「マンションのひとつくらいは、買ってあげるよ」と調子の良いことを言って、
母を喜ばせていた。タクシー代に二万円を持たせてくれたが、
ワンメーター先で降りて、電車で帰る。二人にとって、
二万円は大金だった。生活費の足しにしたら助かる。
「最近、運動不足やったから、ちょうどええわ。あんなカロリー高そうなフレンチ食べて、
お腹いっぱいやわ。お金持ちって、あんな贅沢なもん、
毎日食べてるんやろか?」そう言うと、
「お母さんに、愛人にならないかって誘ってきてるんやけど、
どうしたらええと思う?」と聞かれた。
「私にはわからん。お母さんが、それで幸せなんやったら、ええんとちゃう?」と
明るく言ってみた。「でも、愛人やで。おばあさんに言ったら、叱られるやろな」と、
落胆していた。
「もう、これ以上お金の苦労はしたくないし。モデルも、
年齢がいったら仕事がなくなるしね。大野さんに出資してもらって、
ブティックかジュエリーショップの経営でもしないと、将来はないような気がするんよ。
まだ三十代のうちにしか、男性の援助はもらえんからねぇ」と、寂しそうに言った。
「もう好きじゃないん?」と聞くと、
「一度裏切った男なんて、愛せると思う?」と返された。
お金のために身体を売るなら、昔の男の方がマシだ、というところだろうか。
学もなく、後ろ盾もない。そんな女が、見た目の綺麗さだけでちやほやされて生きていけるのは、
三十代までだと、わかっているのだ。
その後は、掃除婦とかレジ係とか、飲食のバイトとかしか仕事はなくなる。
モデルの代わりなど、いくらでもいる。一番売れている時にスポンサーを捕まえ、
自分のやりたい事業に出資してもらうくらいの商才がなければ、
女手ひとつで子供を育ててはいけない。
その場しのぎの割りのいいバイトをしていても、体を壊したり、母のように心を病んだりしたら、
何の保証もないのだから。女は、経済力のある、稼ぐことのできる男との結婚が一番なのだと。
「平凡な家族の幸せを夢見てきた母の、あまりに過酷だった人生とは?」と、
あれこれ考えているうちに、「おばあちゃんが反対したって、
あの時結ばれなかった人と一緒に住めるのなら、いいんじゃないの?
今は恨みに思っているかもしれないけれど、もう一度、お母さんと一緒に暮らしたいって、
大金を払って好きなマンション暮らしをさせてくれるって言っているんだから
、信じてあげてもいいんちゃう? 今のままやったら、どこにも逃げ道ないし、
お母さんがダメになっていくみたいで心配やわ」と言ってあげたら、
母は元気を取り戻したようだった。
この時のアドバイスが良かったのかどうかはわからない。
それから数年、大野さんに囲われていたが、小さなブティックひとつを買ってもらって
別れたみたいだった。それでも、母の生きがいができ、
家で引きこもって鬱になっていることは少なくなった。
人は好きなことを夢中でできる時が、一番幸せなのかもしれない。




