第18章(貧困生活にも負けず)
耳元で、相変わらずもののけがささやいてくる。
「あの旦那さんはやめときなはれ。他に女がいますから」と。
明菜に優しくしてくれたハンサムボーイは、女と見れば誰にでも優しい浮気者だった。
「あの子は家が貧乏やし、父親が暴力を振るう、とんでもない奴やから。
きっと将来は父親そっくりになるやろから、付き合わん方がええ」とアドバイスされたり。
もののけたちは、明菜が恋をしたり、友人ができるのを好ましく思っていない節があった。
そもそも、明菜の家には食卓などない。掘りごたつが一年を通して食卓であり、
勉強机なのだから。冬など、そこは寝室にもなる。見た目は洋風なのに、
住みかは純和風。テレビの前の掘りごたつが万年床だった。
祖父が亡くなり、病んでしまった母と明菜を育てるために、祖母は何でもやった。
祖母の四十代は、スーパーマーケットのレジ打ちから掃除婦、
夜はスナックと、寝る間もなく働いていた。母がモデルに復帰してからも
休みなく働いていたので、明菜はいつも一人ぼっちで食事を摂っていたのだった。
いくら食べても太らない体質なので、育ち盛りのせいか、すぐお腹が減った。
十分なお小遣いももらっていないので、色々工夫をするしかなかった。
ケーキもプリンも手作りなら安上がりだし、百円のキャベツで何種類ものおかずを
作れるようになった。八百屋さんと仲良くなると、くず野菜や大根の葉などをもらい、
炒めたり漬物にしたりと奮闘した。
春先からは夏野菜が安くなるので、ぬか漬けを仕込む。
漬物は貧乏人の食卓の大切な栄養源だ。お茶漬けと、
このぬか漬けさえあれば、飢えをしのげるし、安くて美味い。
お茶漬けは、ご飯が少なくても水分でお腹がすぐにいっぱいになる。
祖母も母も、「ぬか漬けさえあればいい」とよく言っていた。
どこから見ても、おしゃれでクロワッサンやサラダばかりを食しているように見えるのだが、
学校に通う電車の中で、ぬかをかき回した手が匂い、
恥ずかしい思いを何度もしたことがある。
ひとくくりなので、滅多に美容院にも行かない。
なので、腰まで伸びた黒髪を自分で色々いじっているうちに、
今のような編み込みスタイルに落ち着いた。
かなり斬新にもかかわらず、整った顔のおかげか、それも今風に見えるのでありがたい。
学校も特別枠で入れたので授業料もかからず、制服なので洋服を買う必要もない。
私服も、モデルをしていた母のおかげで、広告代理店の人から撮影に使った洋服をもらうことが多い。雑誌の撮影のために、シーズンごとに何箱もの洋服が届くらしく、
好きなものを分けてもらえるようになってから、洋服は買ったことがない。
しかも、余った新品の洋服は知人に買い取ってもらうので、日銭になる。
華やかな世界で仕事をしていると思われているので、
こんなに慎ましく生活をしているなんて、誰も思っていないだろう。
私立なので制服は高かったのだけれど、バザーで卒業生が寄付してくれたものをもらえたので、
祖母がお直ししてくれて、ぴったり体に合った制服を着ることができている。
ただ、内ポケットには他人の苗字やイニシャルの刺繍が残っていて、
誰にも見られないよう気を使うのは、少し疲れる。
おとなしくしていれば、貧乏なのは気づかれない。朝早く起きて、
祖母と自分の昼食のお弁当を作る。昨夜の残り物が多くなるが、
味を少しアレンジして気分を変える。朝食はパンとコーヒーだけ。
おにぎりを机の上に作って置いておく。母が起きたら、
自由に食べることができるように。洗濯機は昨夜のうちに回しているので、
朝にさっと干すのも明菜の仕事。
学校では、目立たないように息を潜めている。




