第17章(祖母から始まる不幸の連鎖)
働き手が女だけというのが、そもそも貧困の元凶なのか。男性陣が交通事故で皆死んでしまい、
保険金もすぐに底をつき、病んだ母と幼い明菜のために必死で働いてくれた祖母も、
すでに五十歳を超えていた。母もモデル業にしばしば復活するものの、
東京での生活費もあり、大阪への仕送りもままならない。
二十代までなら引く手あまただったのだが、三十歳を過ぎると仕事がめっきり減った。
ミセス向けの雑誌やチラシのモデルの仕事もあるが、
マネージャーも若いモデルにばかり気を取られ、母も自分の力で営業しなければならないと
感じているようだった。
明菜は幼い頃から母の関係でモデルの仕事がたまに入っていたが、
スポットなので生活費には当然足りない。
中学生になった時、【美少女コンテスト】に出場して受賞したが、関西なので、
すぐに仕事が舞い込むわけでもない。しかも、子役のギャラは恐ろしく安い。
東京までの交通費が出る仕事しか受けるわけにはいかない。
そういう意味で、高校を卒業して上京しなければ、本当に稼げるようにはならないと思っている。
見た目も美しく、モデル業をしているというので、
周囲の人は「華やかでぜいたくな生活をしているに違いない」と信じて疑わない。
なので、古い市営住宅団地の2DKで貧乏暮らしをしているなんて、誰も思っていないだろう。
中学から私立に入ったのにも理由がある。義務教育の間は安い授業料も、
高校になると高くなる。なので、特待生の優遇措置のある中高に入っていた方がいいと
先生に言われたのだ。皆が受験する時には狭き門になるので、中学受験を勧められたのだ。
もちろん、芸能関係に行くなら中卒でも構わないところなのだが、
明菜は成績が良かったので、「将来のために安易な選択はしない方が良い」と担任の先生に言われた。
友人もいないし、お金もないので遊ぶこともできず、祖母は土日も仕事だったため、
独りぼっちの明菜は暇つぶしに勉強ばかりしていた。本を読むのも好きだったので、
図書館にもよく行っていた。そのおかげで成績優秀となり、中学に入る時、
先生が特別優秀生として学費が無料になる学校を推薦してくれたのだった。
生活保護ぎりぎりで苦労していることを知っている担任が、
明菜のひたむきな努力を高く評価してくれたからだ。
給食費もままならず、遅れてばかりいた。家庭訪問に来て、
母が心を病んでいることも先生たちは知っていた。
美しい親子が苦労している姿は、小学校の先生方の同情を誘ったのだろう。
それでも、生まれてこの方、ぜいたくを知らない明菜は、
自分のことを不幸だと思ったことなどなかった。心が病んでさえいなければ、
夜の仕事に出て稼ぐこともできただろう母の世話も、嫌ではなかった。
母は、「信彦のお父さんは大きな病院の医院長をしてるんやけど、
信彦が死んでしまってからは、養育費ももらえんし、
今さら会っても仕方がないんやろね」と言っていた。
今まで愛した二人の男に裏切られ、男を信じられなくなった母は、
明菜に一人で生活できる女になることを言い聞かせていた。
ほのかな恋心も、母の邪気にやられてしぼんでしまう。
健全な結婚を夢見ることができなくなっていた。
他人に甘えることも、期待することもやめていた。




