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第11章(母と同じ芸能界へ)
しかし、明菜がモデル業をプロとして始めた頃から、母は仕事の厳しさや人間関係の注意点を
細かく言うようになった。仕事の話になると別人のようにきりっとしていて、
大御所という風格さえ感じさせた。明菜を産んだのは十八歳の時だったので、
ちょうどその時の母と同じ年になり、初めて母の偉大さに気づいた。
「四捨五入すれば四十歳だ」と自虐的なことを言うが、素晴らしいプロポーションも磨かれた肌も、
二十代だと言っても誰も疑わない。一緒に歩いていても姉妹か友人で通用しそうだった。
本人も、たまに自分が親だということを忘れている時がある。
素に戻ると目立たない明菜とは違い、母はどこにいてもスター性があり、
強烈なオーラを放っていた。ファッションセンスも素晴らしく、
ブランド開発にも携わっているらしい。神戸にいる時よりも、母は輝いていた。
東京の空気が母には合っているのだろう。忙しすぎるスケジュールも、
悲しい過去の出来事を考えずに済むためか、歓迎しているかのように見える。
業界人との付き合いも、マネージャーなしで平気でつながり、
プライベートも充実していて楽しそうだった。
しかし、それも痩せ我慢だった。
そう長くは続かず、半年もすると体の不調で、神戸の祖母のもとへ帰っていった。




