09.
レオニダスは驚くべき速さで海へ向かい、あっという間に戻ってきた。
咥えていった網の中には、貝殻と海藻がびっしりと詰まっていた。
セシリアはさっそく調合に取りかかる。
海藻を燃やしてできた灰を水に混ぜ、上澄み液をすくいとる。
貝殻を細かく砕き、油とともに丁寧に混ぜ合わせていく。
「このドロドロの液体が石けんなのか……? なんというか……」
レオニダスが顔をしかめる。
まるで、強烈な臭いをを嗅いでいるかのような仕草だ。
セシリア自身も、鼻をつく匂いに思わず身をひいてしまう。
獣のような、腐敗臭のような、独特な匂いだ。
『独特な獣臭はしょうがないね。油は黒猪の脂肪を使ってるから』
「仮に汚れが落とせても、匂いで客がまいってしまわないか?」
もっともな意見だと、セシリアはうなずく。
「そこで、私の魔力の出番だよ」
「君の手に握られてるそれは……草か?」
「ただの草じゃないよ。魔法の草!」
手に持っていた数束の草を、ぽいっと桶の中に入れる。
「ここに聖女の魔力を混ぜる!」
手から黄金の魔力が放たれた。
桶の中身が黄金色に輝いて、やがて静かに消えていく。
セシリアが自分の仕事に満足げにうなずく一方で、レオニダスは怪訝そうな顔で、桶の中身をのぞき見る。
「特段さっきと変わらないような……いや、待て」
レオニダスがさらに、桶に顔を近づけ、鼻をひくつかせる。
目を見開き、セシリアの得意げな顔と見比べた。
「香りだ。全然違うぞ!」
「そう! さっきよりもずっと良い匂いするでしょ?」
「ああっ。さっきは腐った油の匂いがしたが、これからは爽やかな良い香りがする……」
嗅いでいるだけで、どこかほっと落ち着くような香りだった。
『ラベンダーを、石けん原液と調和の魔力で混ぜ合わせたんだね』
「どういうことだ、真理?」
『セシリアが桶に入れたのはラベンダーという香りの良い薬草だよ。聖女の魔力——調和の力で、原液の腐敗臭をラベンダーの香りへと置き換えたんだ』
ただ原液にラベンダーを入れるのではなく、二つの香り成分を、良い匂いのほうに調和させたのだ。
「なるほど……。調和の力は、このように思うままに特徴を引き継がせるようなこともできるのだな。凄いな……」
「ありがとっ。でも凄いのはこっから!」
セシリアは桶の中に、余った布地で作ったぞうきんを浸す。
そして、キッチンの頑固な油汚れを、きゅっ……と拭く。
「こ、これは凄い! セシリアが軽く拭いただけで、油汚れが一発で落ちた!」
セシリアも壁を指でこする。
黄ばみも、べたつきもなく、きゅっきゅっ、と小気味よい音がした。
「石けんは確かに汚れを落とすが……しかしこれは一体どうなってるのだ……? あまりに汚れが落ちすぎてないか?」
『ふふふん、叡智の神が教えてしんぜよう』
(ここぞとばかりに出しゃばってきた~……。知識を披露したがる精霊だこと。まあ叡智の精霊だから仕方ないけど)
レオニダスには仕組みを理解してほしい。
今は真理の解説を邪魔しないでおこう。
『ポイントは聖女の魔力だよ』
「そうか……調和の力か! それを石けんに付与したのだな」
『イエス! 石けんに魔力を混ぜ、拭くことで洗浄力を調和によって強化する。軽く拭くだけで汚れが落ちる、特別な石けんの完成というわけ』
石けんに含まれる、脂肪酸ナトリウムや、脂肪酸カリウムといった成分は、機械機械で量産すれば隠逸に保たれる。
しかしここ異世界では手作りが基本だ。
そうなると、そういった成分に『ムラ』が発生し、現実で作る石けんよりも洗浄力が落ちる。
そこで、聖女の魔力特性——調和の出番である。
ムラは解消するだけでなく、成分同士を調和で強化することで、さらに洗浄力がアップ。
「あとはゴーレムたちに、これを使ってきれいきれいしてもらおうっ」
「俺も手伝うぞ」




