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勇者としての偉業はすべて、セシリアという最高の聖女による世界最高峰のサポートがあったからこそ成し得たことだった。
それが証明されたことで、ナハトの無能さが白日のもとに晒された。自覚させられてしまったのだ。
「そんな……俺は……俺は……」
茫然自失のナハトに対して、フィーネが静かに言葉を続ける。
「御父様……いいえ、ナハト王。私はセシリア様のホテルおよびその周辺を、自由都市として認め、彼らの自治を承認しようと思います」
「ふ、フィーネ……何を勝手に……」
娘の言葉は嘆願ではなく、決意表明のように聞こえた。あり得ない。現国王は自分だ。なのになぜ、まるで自分が王であるかのような物言いをするのか。
「御父様には、早々に王座をお退きいただきます」
「………………は? 王座を退く……王を辞めろというのか!」
「はい、その通りです」
娘はまっすぐにこちらの目を見ていた。そこに激しい感情はなかった。怒りもなく、父への柔らかな笑みもなく——ただ冷静な眼差しだけがあった。政治家が、あるいは国王が国の未来を見据えるときのような、静かで揺るぎない目だった。
「ほ、本気で……俺に辞めろというのか?」
「ええ。差し出がましいとは存じますが、御父様は王の器ではございません」
王に向かってなんたる無礼、と言い返したかった。しかしフィーネの冷静な瞳に気圧されて、言葉が出てこない。
「貴方は私利私欲で物事を行いすぎです。セシリア様の殺害をはじめとして、すべてを自分の感情を基準に考えておられる。それでは国は滅びます」
「お、お前に……何がわかる……」
「わかりますとも。貴方が大局を見えていないことくらい。見えているのであれば、この地の自由都市化を認め、さらに経済的援助まで行うくらいのことは当然やってのけているはずですから」
この地を経済都市とするメリットを、フィーネは手紙で説明していた。不毛の大地に魅力ある宿を設ければ、人が訪れ、経済効果は絶大だと。それでもナハトは感情を優先し、提案を跳ねのけたのだ。
「し、しかしそんなことをすれば……セシリアが生きていることを公言するようなものだ……」
「はい。ですから御父様には、自らの罪を認め、王位をお退きいただきます」
「罪……」
セシリアを殺めようとしたことへの罪。しかし——ナハトには認めたくなかった。
「では交渉決裂ということで。ここからは告発に切り替えさせていただきます」
「告発だと……?」
その瞬間、頭上に巨大な光のスクリーンが出現した。
「な、なんだあれは……」「光魔法による投影ではないか……」「一体いつの映像だ……」
映し出されたのは、崩壊前の魔王城。そして、若きナハトの姿だった。その映像を目にした瞬間、ナハトの表情が青ざめる。
若いナハトの手には聖剣が握られていた。そしてその刃は——セシリアを貫いていた。
「なんだあれは……」「ナハト王が少女を……?」「いや、あの子というのは今あそこにいる……」
ナハトはフィーネの意図を察した。三十年前の魔王城での出来事が、映像として再現されているのだ。
「皆さん! ナハト王は聖女セシリア様を殺め、その手柄を横取りしたのです……!」
フィーネが行っているのは、この場に集まった大勢のゲータ・ニィガ王国民への告発だった。王が私欲のために人を殺めたという犯罪の現場を、皆の前に晒しているのである。
「ど、どうして……いつの間に……!」
あの場に映像を記録した者はいなかった。しかしそれを検索できる存在が一人——否、一柱いた。
「悪いね~。叡智の精霊様の力さ~」
光の球体が得意げに周囲を飛び回っていた。真理がこの場を検索し、魔法で投影しているのだ。真理が言っていた切り札とは、これだったのだ。
「ナハト王の行いは、立派な殺人未遂です。こんな方を王にしておいて良い理由がございません」
フィーネが淡々と述べると、その場にいた大勢が同意した。
「なんて酷いことを……!」「こんな者に我々の未来を託したくない……!」
(しまった……! フィーネの狙いはこれだったのか……!)
自由都市化をすんなり認めていれば、大勢の前でこうして罪を告発されることはなかった。
(くそ……くそぉ……)
「で、でたらめだ……! こんなもの、ね、ねつ造だ……!」
「娘が用意した映像が、ねつ造だと……? 一体いかなる意図があってそのようなことをすると……?」
赤の他人が持ち込んだものであればねつ造の可能性もあった。しかし王女であるフィーネがそれをするメリットはない。王位を簒奪するためと答えることもできる。しかし——。
(それを口にすれば……フィーネと完全に袂を分かつことになってしまう……)
フィーネを愛する気持ちは、ナハトの中に確かに存在した。その言葉は、娘との繋がりを断ち切ることを意味する。口が開かなかった。
そして、犯罪の証拠が皆の前に晒された以上、もはや消すことはできなかった。
「ねつ造ではございません。ナハト王は彼女を刺した。立派な犯罪です。セシリア様が訴えれば裁判となり……処刑されることでしょう」
「し、処刑!?」
「ええ。魔王討伐の真の立役者、英雄であるセシリア様に対して殺人未遂を行ったのですから」
先ほど、ナハトの無能とセシリアの有能を大衆の前で明らかにした。そのことで、ナハトの犯行動機が浮き彫りになったのだ——有能な聖女を妬んだナハトが、真の英雄を葬ろうとしたと。
王国民たちがナハトへ向ける目が、みるみる冷えていく。彼らの目に映るナハトは、もはや王ではなく、犯罪者だった。
「た、頼む……! それだけは……それだけはやめてくれ……!」
死にたくなかった。ナハトは涙を流しながら、フィーネに懇願した。
「では、セシリア様に謝罪を。そして、王位を退くことを宣言してください」
もはや自由都市化を認めろとは、フィーネは言わなかった。その目には揺るぎない決意の色があった。自ら王となってこの国を導くという、決意が。
「ぐ……ぎ……ぎぎ……」
王座を退くのは心の底から嫌だった。しかし、こうなった以上、残された道は一つしかなかった。処刑されるか、退位するか——どちらが良いかは子供にでもわかることだった。
ナハトは悔しさを全身に滲ませながらその場に膝をつき、セシリアへと頭を下げた。
「聖女……セシリア様。誠に……申し訳ございませんでした……!」
ナハトが声を張り上げると、セシリアは小さくため息をついた。
「まあ、良いわ。過去のことだもの。水に流しましょう」
「寛大なお心遣い、感謝いたします……セシリア様」
フィーネが深く頭を下げ、それから国民たちへと向き直った。
「聞け! セシリア様はお許しになられた。ナハト王への罪状は殺人未遂とする。未遂とはいえ罪は重い。しかしセシリア様の御恩赦を踏まえ、この者への処罰は王位の退位のみとする! 以後はこの私——フィーネ・フォン・ゲータ・ニィガが王位を継ぎ、新たな国を築いていくことを、ここに宣言する……!」
フィーネが声を張り上げると、その場にいた全員が賛同した。地面が揺れるほどの歓声の中、フィーネがよく通る声で続けた。
「これよりこの地を自由都市として認める……! 異論のある者はおるまいな!」
誰も反対の声を上げなかった。
かくして、ナハト王は王位を失い、セシリアたちは自由を手にしたのだった。




