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「な、なんだあれはぁ……!」
ホテル・リライトを囲っているのは、十メートルはあろうかという巨大な魔導人形だ。
「ば、化け物だ……! 化け物とセシリアは手を組んだのだぁ……!」
「これは、セシリア様の魔導人形です!」
ホテルの入り口から現れたのは、ナハトの娘——フィーネだ。その両隣には、魔族のレオニダス、そして——。
「せ、セシリアぁ……!」
「どうも、お久しぶりです。ナハトさん」
聖女セシリアだ。あの可愛げのないふてぶてしい態度、地味な外見——忘れるはずがない。自分のパーティに所属し、聖女でありながらスキルを持たず、足を引っ張ってばかりだったあの女だ。
「どうやってここへ……? なぜそんなに若いままなのだ……!」
「さあ」
「さあってなんだ!」
「いや、そこは私にもよくわからなくて。気づいたらこの三十年後の世界で目を覚ましていただけなので」
「何を訳のわからないことを……」
セシリアのとぼけた態度が、ナハトの激情にさらに油を注ぐ。
「殺せ……! あの女を殺せ……!」
しかし宮廷魔導士たちも騎士たちも、完全に戦意を失っていた。十メートル級の魔導人形が何体も立ち並び、こちらを睥睨しているのだ。冷静に周囲を見渡せば、自分たちが恐ろしい状況に置かれていることはすぐにわかるはずだった。
「何を怯えている……! 殺せ……! でなければ貴様らも処刑するぞ!」
さすがに処刑は免れたい魔導士たちが、震えながら再び魔法を放つ。しかし——。
「はい、だめ」
セシリアが右手を前に突き出し、不思議な光を周囲へと拡散させた。
「な、なんだこの光は……」
ナハトはふと思い出す。この温かな光を、どこかで見たことがある、感じたことがあると。放たれた魔法は途中で霧散し、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。
「な、何をした……!?」
「聖女様の魔力によって、魔法を中和したのですよ、御父様」
「なんだと!? 中和……どういうことだ!?」
フィーネが、父に言い聞かせるように続ける。
「聖女様はたしかにスキルをお持ちではありません。しかし彼女の魔力には、調和という特性がございます。それにより魔法を無効化したり、敵を土へと変えて打ち倒すなど、様々な効果を発揮できるのです」
「!?」
「覚えがあるでしょう? 旅の途中で、幾度もその現象を目撃されたはずです」
(たしかに……フィーネの言う通りだ。あれは天の神が、勇者たる自分のためにもたらした奇跡だと思っていたが……)
それが間違いだったのだ。すべて、セシリアがやっていたことだったのだ。
「セシリア様が足を引っ張っていたというのは、御父様の勘違いです。このお方はずっと、貴方様を支え続けていたのです」
「……み、認められるか、そんなもの!」
「でなければ、御父様の力だけで魔王を倒せるはずがないのです」
「!? な、なんだと……フィーネ……! 我を、俺を馬鹿にしているのか!?」
思わず素が出た。
「はい。その証拠に、貴方様がいかに痛めつけてもレオニダス様はお亡くなりにならなかった。かすり傷すら満足につけられなかった。それはすべて、彼女がサポートしてくれていたおかげなのです」
旅の道中も、最終決戦でも、ナハトはセシリアの力を頼りに戦ってきた。だからこそ、魔王討伐という偉業をなし得たのだ。
「嘘だ……そんなの信じない……」
「では、あの魔導人形は? 魔法を消してみせたのは? 私どもは何もしておりませんよ」
たしかに、何かしらの行動を起こしたのはセシリアだけだった。つまりセシリアには、サポート能力だけでなく、凄まじい魔道具を作り出す才能まであったということだ。
(……あの魔導人形に、見覚えがある)
野営の折に、いつも見張りに立っていた魔導人形だ。誰かが用意してくれているのだろうと思っていたが、まさかセシリアがやっていたとは——。
「御父様。彼女と争うような愚かな真似はおやめになって、大人しく要求をお呑みください」
セシリアの要求とは、この一帯を自由都市として譲渡してほしいというものだ。荒れ地を手放してもこちらにデメリットはなく、メリットは手紙に書いた通りだ。
フィーネも、そしてセシリアも、争いを望んでいない。
「一体何がしたいんだ……おまえはぁ!」
「だから手紙に書いたでしょう。ここを、誰でも泊まれるホテルにしたい。それだけです。それ以上は何も望んでいません。お金も要らない、権力も要りません」
(金も権力も要らない……そんな人間がいるはずがない……!)
ナハトという人間の小さな物差しでは、セシリアという大きな器を測ることができないようだった。
「お前たちが殺さないなら……俺がやってやる……!」
ナハトが隠し持っていた剣を引き抜いた。黄金に輝く、見事な剣だ。太陽のような強烈な光を発し、魔のものには畏怖を、味方には勝利の確信を抱かせる——そんな不思議な剣だった。
「見ろ! これは聖剣! 破邪の剣だ……! これを使えば、貴様らの命など容易く刈り取れるのだぁ……!」
しかしセシリアには、これを見せられても微塵も動揺する様子がない。それがかえってナハトの怒りを煽った。
剣を構えたまま走り出す。狙いはセシリアだ。
「死ねぇ、セシリアぁ……!」
だが剣がセシリアに届くことはなかった。レオニダスがナハトの手首をがっしりと掴んでいたのだ。
「な!? き、貴様……俺の剣を受け止めるだと!?」
「すごいのはどうやらその剣であって、貴様の剣技ではないようだな」
ぐり、とレオニダスはナハトの手首をひねって剣を落とさせ、驚愕する顔面に拳を叩き込んだ。
「ふぎゃぁああああああああ!」
ナハトはボールのように軽々と吹き飛び、無様に地面を転がった。
セシリアは落ちた聖剣を拾い上げると、刃の表面をそっと撫でた。黄金の輝きが急速に失われ、刃はたちまち錆びてぼろぼろと崩れ去った。
「何の呪いだぁ……」
「呪いではない。セシリアが貸していた魔力を回収しただけだ。あの剣もセシリアが作ったものだ」
レオニダスは間近で見て確信を得ていた。破邪の力を込めた聖剣——それはセシリアが作り出した魔道具だ。付与された聖なる魔力が魔王に傷を与え、三十年が経った今もなお刃に残り続けていた。だから武器としての原型をとどめていた。その魔力を回収した結果、聖剣は朽ち果て、崩れ去ったのだ。
「そんな……では、魔王を倒せたのはすべてセシリアの力で……俺は……ただあの女の……傀儡……」
「無礼なことを言うな。彼女はおまえを支えていた。おまえが支えられていたおかげで勝利できた。それだけのことだ。貴様を支配したことなど一度もない」
事実を突きつけられ、ナハトはがっくりと頭を垂れた。




