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ナハトは焦っていた。娘が突然消えてしまったからだ。
「フィーネ! フィーネぇええええええええ!」
魔族を捕らえ、セシリアの居場所を吐かせるという建前のもと、暴力を振るった。魔族は嫌いだ。人間ではないからだ。しかし魔王を倒した後も、のうのうと生き続けている。しかも愛する娘は、その魔族をかくまっていた。自分ではなく娘に懐いている。それが腹立たしくて仕方なかった。
レオニダスを拷問している間、セシリアの存在は頭の片隅に追いやられていた。あの女を見つけ出すのは後からでもできる。
あの女はたしかにナハトのアキレス腱だ。三十年前に自分が人殺しをしたという事実を知る、唯一の存在。消しておきたい相手ではある。しかし所詮は一人だ。どうやったかは知らないが、この三十年後の世界で、彼女の味方はいない。だから今は泳がせておく。
娘に懐かれている魔族どもへの怒りを晴らすべく、レオニダスを殴り続けた。ひとしきり憂さを晴らしてから、娘に会いに行こうと、フィーネの部屋へ向かった。
そこで、フィーネが消えていることに気づいたのである。
「どこへいったんだ……フィーネ……!」
部屋をひっくり返しても、娘の姿はない。部下たちを呼び出し、総出で探させたが、どこにもいなかった。
「一体どうしたというんだ……フィーネ……家出か? いや、フィーネが家出する理由などない……」
断言するあたり、ナハトはお粗末と言わざるを得なかった。娘の了承も得ずに盗聴器と発信器を仕込んでいたことを、もう忘れてしまったのだろうか。
否、忘れてはいない。ただ、それが悪いことだとそもそも思っていないのだ。愛する娘の安全のためにやっていると、本気で思っている。娘の気持ちなど、まるで考えずに。
「大変です、王よ……!」
そのとき、部下が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「フィーネが見つかったのか!?」
「は、はい……ただ……」
「ただなんだ! 娘が見つかったなら早く連れてこい、間抜けが……!」
部下の手には、一枚の便箋が握られていた。
「なんだこれは……?」
「その……ナハト王にお渡しするようにと、セシリア様から……」
「は……?」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。セシリアから、手紙? 一体なぜあの女が出てくるのか。
訳はわからないが、嫌な予感がした。
便箋を受け取り、中を見る。そこには——。
「フィ、フィーネを預かった、だと……!?」
セシリアはいつの間にか王城に忍び込み、フィーネと魔族たちをともに連れてホテル・リライトへ帰ったという。フィーネは現在、ホテルで預かっているとのことだった。
「返してほしくば……ホテル・リライトおよびその周辺を、『自由都市』として認めろ……だと……!?」
国王などの支配から離れ、独立した自治権や経済的特権を持つ都市のことを自由都市という。彼らはどうやら、誰からの支配も受けない場所を要求してきているらしい。
「国王相手に、ふざけたまねを……!」
それ以外の要求は書かれていなかった。
正直なところ、こちらに大きなデメリットはない。奈落の森については引き続きゲータ・ニィガ王国のものでよいというのだ。将来的に奈落の森へ入れるようになった際、ホテル・リライトはきわめて有用だ。周囲は荒野で、宿屋も道具屋も一切ない。補給拠点をこちらのコスト負担なしにセシリアたちが用意してくれるのだ。さらに他国からゲータ・ニィガへの中継地点としての役割まで担うことになれば、人の往来が増え、国庫が潤う。奈落の森への遠征もしやすくなる。放置していた土地を活用できる。良いことずくめだ。
しかし。
「のめるか、こんな要求を……!」
愚かなナハト王は、手紙に書かれた内容を正しく理解していなかった。ただ、娘を誘拐された。そして極悪人どもが要求を突きつけてきた。それが気に食わなかった。しかも首謀者がセシリアだという。それもまた、許せない要因だった。
大臣が落ちた手紙を拾い上げ、目を通すと、「王よ……この要求を呑むべきです……」と冷静な意見を述べた。
「要求など呑まぬ! 挙兵だ! 兵をホテルへと向かわせろ!!」
ナハトは血走った目で叫ぶ。大臣の言葉など右から左だ。彼の中にあるのは、娘を奪われたことへの怒り、そしてセシリアへの殺意だけだった。
「殺せ……! あの生意気な聖女を! 無価値な魔族を! ホテルごと潰して、この世から消し去ってしまえ……!」
その瞳は怒りと狂気に満ちていた。冷静な判断が下せていないのは明らかだった。
「宮廷魔導士、騎士団を総動員して、ホテル・リライトを潰すのだ!」
「な、中にいるフィーネ様はどうなさるおつもりですか……?」
総攻撃を仕掛ければ、愛する娘が傷つく。大臣は冷静になるよう諭したつもりだった。
「黙れぇえええ!」
ナハトは大臣を殴りつけた。
「フィーネは助ける! ホテルは潰す! 同時にやればいいだけの話だろうが! いちいち言わせるな……! 余の考えを百パーセント理解して実行せよ、間抜けどもが……!」
大臣がぎりっと歯を食いしばった。周囲の部下たちも、ナハトへ好意的な目を向けてはいなかった。誰もが、彼の理不尽についていけなくなっていた。そのことに、ナハトは気づいていない。
「やはりフィーネ様が王位を継いでくださらなければ……」「このままではこの国の未来が危うい……」「何かこの王を止める手立てはないものか……」
ナハトの暴走を止められぬまま、大軍がホテル・リライトへと向かうことになった。数日かけて、大量の騎士と魔導士たちがホテル・リライトの前に集結した。
「総員攻撃! 潰せ……! あのむかつく女の居場所とやらを、跡形もなく消してしまえ……!」
魔導士たちが杖を構え、一斉に魔法を放つ。火球の魔法が発動し、巨大な火の玉が雨あられとホテルへ降り注ぐ。激しい爆音と熱風が周囲に吹き荒れた。フィーネへの被害を避けるため、攻撃はあくまでホテルの外壁のみを狙ったのだが——。
「な……!? ど、どうなっている……!?」
ホテルはまったく揺るぎさえしなかった。焦げ目ひとつついていないのだ。
「一体何だ……何が……」
そのときだった。ごごごご、とホテル周囲の地面が盛り上がっていく。そこに現れたのは、見上げるほど巨大な土人形だった。
オーク、オーガといった魔物などとは比べものにならない。空を覆い隠すほどの巨大な魔導人形が、そこに聳え立っていた。




