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セシリアがここまで来られたのは、真理が渡した情報のおかげだ。
真理は叡智の神。知りたいことをすべて検索できる。普段はその怠け癖のせいで、力を十全に発揮できていないが。
しかし本気の真理は、あらゆる情報を検索し、セシリアを助ける。レオニダスに無事会えるルートの検索など、朝飯前なのだ。
彼が牢に閉じ込められていることも、その解除方法も把握していた。また、どういう手段を用いて潜入すれば、戦闘にならずに済むかもわかっていた。
あとは渡された情報通りに事を進めるだけだ。
まずラスカが所有する騎乗用の翼竜を借り受け、ゲータ・ニィガ王都グラン・レガアリアへと向かう。到着したら下水道の入り口へ。
かつて王家が脱出のために作った秘密の地下通路を通り、牢を目指す。
万一見つかった際に備え、セシリアは自身と黄昏の竜の面々に、ある工夫を凝らしていた。
そのおかげで、見張りと出くわしたものの、特に問題なく中へ入れた。あとはレオニダスたちを助けるだけ——。
という段階になり、レオニダスのセシリアへの思いのこもった言葉を、耳にしてしまったのである。
セシリアは目の前のレオニダスを直視できなかった。視線がどうしても彼を避けてしまう。
心臓がばくばくとうるさい。体が熱い。そんな場合ではないとわかっている。今すぐ脱出しなければならない。わかっている。でも、だ。彼は自分を好きだと言ってくれた。
この胸の高鳴りを、どうしても止められなかった。
「セシリア……どうして」
どうしてここに、と彼が言った瞬間、セシリアの頭の中のもやが晴れた。代わりにやってきたのは、別の感情だった。
セシリアは牢に近づき、手をついた。聖女の調和の魔力が発動する。周囲にあった古びた土塊へと、鉄格子が変貌した。本来は魔法を使って慎重に牢を開けるつもりだったのだが。
セシリアは中へ飛び込むと、レオニダスの胸へと飛び込んだ。咄嗟のことで驚いた彼は、セシリアに押し倒されてしまう。
「馬鹿!!!!!!!」
セシリアの口から出たのは、そんな大きな声だった。外にまで聞こえてしまうほどの声を出したのには、理由があった。
「あなたのことが好きだからに決まっているでしょう!」
照れることなく、セシリアは思いを告げた。
好きな人に好きと伝えるには勇気が要る。彼が自分を好きだと知っていたから言いやすかった、というのも確かにある。
しかしそれ以上に、好きな人が本気で自分を逃がそうとしてくれたこと。そしてここへ来たことを驚いていることが、嫌だった。
好きな人の幸せを心から願っていたからこそ、彼女が来て驚いていたのだろう。
……だからこそ。
「私がいつ、あなたに犠牲になってほしいと言ったの!?」
レオニダスが自分を好きだと言ってくれたことは嬉しかった。と同時に、悲しかった。
自らを犠牲にして好きな人を逃がす。傍から見れば美談だろう。しかし残された人間は、どうなるというのだ。
「あなたが死んだ後、のうのうと生きている自分を、この私が許せると思っているの!?」
レオニダスがやったことは、セシリアには身勝手に映った。そんなつもりはなかったのだろう。純粋にセシリアを助けたかっただけだ。そんなことはわかっている。わかっていても——許せなかった。
「好きなら! ちゃんと好きと言って! 生きて! 言って!」
セシリアはレオニダスの胸を叩く。そんな場合ではないとわかっていても、そうしなければ気が済まなかった。
「悪かった」
セシリアの激しい感情の迸りがおさまった頃合いに、レオニダスが言った。そっと、セシリアをぎゅっと抱きしめる。
「俺が馬鹿だった。残される君の気持ちを蔑ろにしてしまった。ごめんよ」
強く、強く抱きしめる。反省の気持ちのこもった抱擁だった。
顔を見やると、しかし彼は微笑んでいた。嬉しそうに笑っている。
「……そんな素敵な笑顔で言われてもね」
拗ねるように、セシリアがつぶやく。責めているわけではない。ただなんとなく、腹が立ったのだ。こちらがこんなに気持ちを乱しているのに、余裕ぶっているレオニダスが。
「嬉しいんだ、俺も。君と気持ちが通じ合えて」
「……未亡人にさせようとしたくせに」
「はは、ごめんよ。でも少々気が早いのでは? 結婚もまだなのだし」
「うるさい、馬鹿」
いつも他者に対して丁寧な言葉遣いと対応をするセシリアが、今レオニダスには気安く話しかけている。それだけ彼に心を許したということだ。
「さっさとここを脱出するわよ!」
セシリアはようやく気持ちが落ち着き、冷静な判断ができるようになった。捕らわれているレオニダスたちを助けられただけに過ぎない。まだ問題は解決していないのだ。
「ナハト王を倒しにでも行くんか?」
ラスカがそんな物騒なことを言う。確かに問題の大きな原因は、このハゲデブ元勇者にある。
「殺したところで、現状は変わらないよ」
「そう? フィーネ姫が王位を継げば万事解決のような気がするけどな」
ラスカの意見はもっともではある。
「でも、人を殺して、本当の平和は手に入らない」
魔族であるレオニダスが言う。彼は見てきたのだ。魔王が殺される様を。叔父がレオニダスの父を殺しても、魔族の世界は平和にならなかった。ナハトが魔王を殺しても、魔族への迫害が消えることはなかった。
人を呪えば穴二つ。理不尽に誰かの命を奪えば、必ずそのつけが回ってくる。
「ならどうするん?」
「平和的解決よ」
すると、そこへちょうど、黄昏の竜のアーチャーと、そして——。
「姫さん! 無事だったんかい!」
フィーネがラスカのもとへと駆け寄り、抱きついた。
「ごめんなさい、皆さんを守れない、か弱い王女で……」
心から悔いているようだ。己にもっと権力があれば、魔族たちを守れたのにと。
ラスカも魔族騎士たちも、フィーネに対して悪感情を抱いていない。今も昔も。自分たちを守ろうとしてくれる、この優しい姫のことを慕っているのだ。
「気にせんでええよ。でもなんで姫さんがここに?」
「言ったでしょ? 平和的解決のためよ」
「具体的にどないするん?」
セシリアは堂々と宣言した。
「姫を攫って、宿に監禁するの!」
「……いや、それのどこが平和的解決やねん!!!!!!!」
ラスカが至極真っ当な突っ込みを入れるのだった。




