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ナハトはレオニダスたち魔族を連れて、ゲータ・ニィガ王国の王都へと帰還した。
すぐに処刑しなかったのは、彼らを拷問にかけ、セシリアの居場所を探るためだった。
彼らが収監されたのは、王城の地下にある牢獄だ。レオニダスは苛烈な拷問を受けた後、この部屋へと放り込まれた。
「兄さん……大丈夫か……?」
ラスカがレオニダスに尋ねる。レオニダスがセシリアのそばに最も長くいたと主張した結果、拷問を受けたのは彼一人だった。
無論、彼はセシリアの情報を一切漏らさなかった。どれほど体を痛めつけられても、何も語らなかった。情報を引き出そうと躍起になった拷問官とナハト王は、何度も何度も彼に酷いことを繰り返した。その爪痕が、レオニダスの体に刻まれていた。
「ひどいことをしやがる……」
ラスカがぎゅっと唇を噛みしめた。魔族は人間よりも頑強だ。通常の攻撃では傷ひとつつかない。それでもこれほどの傷が残っているということは、それほどまでに苛烈な責め苦を受けたということだ。
「なぜだ……」「魔族が何をしたというんだ……」
同じく捕らえられている魔族の騎士たちがつぶやく。彼らはまだ年若い。三十年前の魔王が、それ以前の魔族たちが何をしてきたかを知らない世代だ。
ただ魔族であるというだけで、理不尽な目に遭い続けている。身分を隠さなければ生きていけない。店にも入れない。おまけに捕らえられ、拷問まで受ける羽目になっている。
何か罪を犯したというならまだ理解できる。しかし彼らは何もしていない。生き方でさえなく、種族——その一点だけを理由に迫害される。これが理不尽でなくて、何というのだろう。
「女将さんの手料理……美味しかったよな……」
ぽつりと、魔族騎士の一人がつぶやく。他の騎士たちも、同意するようにうなずいた。
「ふわふわのオムレツ、美味かったよなあ……」「あの宿、ぐっすり眠れたよな……」「フィーネ姫が用意してくださる食事も寝床も良いけれど……」
優しい王女は彼らに寝床と食事、そして仕事を与えてくれていた。しかし魔族である彼らにとって、人間の国は常に針の筵だった。いつ正体が露れてしまうかと、毎日びくびくしながら生きてきた。
セシリアの宿は、違った。あそこにはレオニダスがいた。魔族が経営に携わっていた。魔族を受け入れる宿。警備は万全。女将は魔族にも優しかった。あそこは、安心できる場所だった。
滞在はたった一日だった。それでも彼らはすっかりその宿を気に入っていた。失われた故郷とさえ思ったほどだった。
フィーネへの恩義がある彼らは、そんな気持ちを決して口には出さなかったけれども。
フィーネが常に傍らにいるわけではない。彼女がいない時、自分たちを人間から守る者は何もなかった。だからこそ、ホテル・リライトが恋しかった。
「…………」
ラスカもあの宿に安らぎと安心感を覚えていた。魔族騎士たちと同じ理由だ。しかしセシリアと直接交わったラスカには、彼らとは少し異なる思いがあった。
あの宿が安らぎをもたらしていたのは確かだ。しかし、セシリアがそこにいたことも同様に大きかった。尋常ならざる魔道具を作り、驚くような料理でもてなしてくれた——それも事実だ。しかしそれ以上に、セシリアの笑顔が人を安心させた。彼女は噂に言われるような悪女とは、まるで違った。こちらの秘密を誰にも漏らさない。そのおもてなしには、名誉欲でも金銭欲でもなく、純粋な優しさが宿っていた。
彼女の宿と、彼女自身が、はぐれ者たちの心を癒やしてくれていたのだった。魔族騎士たちも、言葉には出さなかったが、セシリアの持つ温かな雰囲気に癒やされていたのは間違いないだろう。
そして、今目の前で傷ついているこの魔族も、そうなのだ。
「あんた……あの子が、本当に好きなんやな」
これほどまでに痛めつけられても、レオニダスはセシリアの居場所を語らなかった。彼女の安全を最優先しているからこそ、の判断だ。魔族の力を解放して暴れることもできたはずだ。しかしそうしなかった。それをすれば、セシリアへの印象が悪くなると思ったからだろう。
セシリアが、彼女の築いた居場所が大切だから、自ら身を差し出し、拷問を甘んじて受けていた。すべてはセシリアが逃げる時間を稼ぐためだ。
……いや。
すべては、彼女を愛しているがゆえに、の間違いか。
「出会ってそれほど経っていないんやろ? どうしてそこまで好きなんや?」
「……君は、女神に会ったことがあるかい?」
レオニダスが微笑みながら問いかける。傷だらけで、体のあちこちに痛みを感じているはずなのに、笑っていた。
「魔族は神を信じない。でも……俺を産んで育ててくれた者は、神を信じていた。女神様がいて、いつか助けてくれると」
しかしいくら祈っても、人生が好転することはなかった。叔父に両親を奪われ、独りになってからも、不安の中を生き続けた。温かな食事、安全な寝床。ただそれだけが欲しかった。些細な願いさえ、神はかなえてくれなかった。
そんな時に出会ったのだ。自分を救う女神――セシリアに。
「彼女と出会い、俺の運命はがらりと変わった。彼女は魔族にとっての女神だ。あの白き宿は……女神のおわす場所」
だから、守らなければならない。
「なんや、のろけか?」
「ああ。もっとも、向こうがどう思っているかはわからんがな。でも、それでいいんだ」
叶わぬ恋でもいい——レオニダスは本気でそう思っているのだ。
そのときだった。がちゃり、と牢の扉が開いた。また拷問の時間か——諦めて顔を上げたレオニダスは、目を見開いた。
「せ、セシリア……? どうして……?」
古今東西の物語において、ピンチに陥ったヒロインのもとへ、ヒーローは颯爽と駆けつけるものだ。今回ピンチなのはレオニダスだが、まあそういうものだ。ヒーローはいつだって爽やかな笑顔で迎えにくる。
では我らが助けに来た人物はというと——。
「あ、あう……」
顔を真っ赤にして、照れくさそうにうつむいている。助けに来たというのに、その表情はいったい何だ。
そこで一つの可能性に思い至った。
「ここ、地下やしなぁ……。あんたの声はよく響くし、聞こえとったんやろ……?」
ラスカが呆れたようにつぶやく。セシリアは小さくうなずくのだった。




