05.
「魔のモノって言ったじゃん……」
「魔族だって魔の付く者でしょ?」
真理がさらりと言い返す。
セシリアは魔族を知っていた。
数十年前、魔王と呼ばれる存在が、この人間達の住む世界に侵攻を始めた。
魔王は魔族たちの王だ。
魔族とは魔法の扱いに長けた一族だであり、エルフと同等の魔法力を持ち、残虐な気性を持っているという。
(ナハトたち前衛の人らが倒しちゃうから、私は魔族と直接刃を交えたことはない……けど……)
魔族らからすれば、聖女セシリアは、勇者パーティの一員。
(魔王を殺した勇者の仲間……。恨まれても仕方ない……)
目の前に立つ裸体の男が、こちらをじっと見つめている。
美術品と見まがうほどの、美しい体、そして顔をした青年。
しかしそれを見ても血の気は引いたままだ。
氷の海の中に、突然突き落とされたような気持ちになった。
死が、目の前にあった。
(ナハトに殺された時に感じた……あの冷たい感触。体から力が一気に抜けて、そして……急に眠くなる……)
そんな恐ろしい事態が目前に迫っているというのに、不思議と後悔はなかった。
あのときああしていれば、という気持ちは沸いてこなかった。
(自分の心のままに行動した結果、死ぬなら……納得できるからかな)
セシリアは逃げなかった、わめかなかった、ただ、目を閉じて死を待った。
しかしいくら待っても、鋭い痛みも、肌の焼ける感覚も襲ってこなかった。
恐る恐る、ではない、どうしたのだろうと思ってパチッと目を開ける。
長髪の青年が、目の前で跪いてるではないか。
「えっ? な、なに……?」
「命を助けてくれたこと、本当に感謝する」
(感謝……? 理屈はわかるけど。命を助けたからっていうのは。でも……)
「あ、貴方……私が何者かわかってます……?」
「ああ。勇者パーティの一人だろう? 聖女セシリア」
(敵であることをわかった上で……この人は感謝してきてる……?)
まったくわけがわからなかった。
困惑するセシリアに対して、青年は真剣な表情で続けた。
「貴女が魔族の敵だろうと、俺を救ってくれたことは事実。その恩義を忘れて、貴女を殺すのはさすがに不義理すぎる。そう判断したまでだ」
「…………そう、ですか」
(本当かしら……。そう言っておいて、油断した隙に後ろからとか、ない?)
セシリアは聖女ではあるが、別に聖人君子ではない。
死を覚悟したとは言え、喜んで命を投げ出したいかというと、そういうわけでもない。
ごく普通の少女だ。
できることなら死にたくない。
すぅ……と真理が近づいてくる。
そして、耳元で、セシリアに聞こえるくらいの声量で言う。
「……マジっぽいよ。嘘は言ってない」
真理は叡智の精霊であり、あらゆる情報を検索可能である。
普段は面倒くさがってやらないが、友達の命が掛かっている場面では話が別だ。
「……ほんとに命の恩人って思ってるみたいだね。君を殺す気はないようだよ」
(真理って、いざというときは頼りになるのよね。信じいいのかし知れない)
セシリアは何度か深く息を吸い、気持ちを落ち着かせた。
「改めて、セシリアです。あなたの名前は?」
「レオニダス。レオニダス・ディ・ケラヴノスチア」
「レオニダスさん……ね。ん……?」
(ケラヴノスチア……? って! 魔王の名前じゃん! え、じゃ、じゃあ……)
「あ、貴方は魔王……?」
(いやナハトがやっつけたら別人……別魔族!?)
「それは俺の叔父の名前だ」
「叔父……」
「ああ。俺の父を殺し、玉座に座った、最悪の魔王だよ」
レオニダスは沈痛な面持ちで、うつむいてしまった。
(……魔族の間でも、内輪の争いがあったのかしら?)
「じゃあ、あなたは王族ってこと?」
「そうなるな」
(ん……? 前の魔王が死んで、この人は魔王の甥っ子……。って! じゃあ次の魔王じゃない!?)
だが、魔王ケラヴノスチアと、彼からは邪気をまったく感じなかった。
「安心してくれ。もう人を殺そうとか、人間界を侵攻しようなんて馬鹿なまねはしない。それらは叔父の独断だ」
「……貴方の叔父さんが全部悪いってこと?」
「そうなるな。信じてもらえるかはわからないが。俺からすれば、勇者パーティには感謝してるくらいだ。悪王を討伐してくれたのだからな。……無論、その後のナハトの行動には腹が立ったが」
無関係な浄化の街や人々に、攻撃していったのだ。
ナハトは恨まれてもしょうがない。
一方で、どうやら愚王討伐に関わったセシリアは、魔族達からは好意的な目で見られてるようだった。
「本当に感謝する」
「そ、そっか……」
(敵じゃないのはわかってほっとしたけど……今度は……うう……)
セシリアは思わず、レオニダスから目をそらす。
彼は今全裸だった。
「これはすまない。ずっと子犬姿だったから。しかし服がなくてな……」
「ちょ、ちょっと待ってて! 真理!」
真理に検索させて、城の中にあった服を、探し出してきた。
30年の歳月を経た、酷く傷んだ服だ。
まず、それを着るように、レオニダスに指示。
彼はそれを着るも、サイズもあってないわ、ボロボロだ和で、まるで物乞いのような格好をしていた。
セシリアは聖女の調和の魔力を、彼の服に流す。
するとボロボロだった服が新品に替わり、そしてサイズもぴったりと合った。
「素晴らしい……。修復魔法か?」
「いえ、服のサイズと材質を、調和させただけです」
聖女の魔力特性、調和。
ほつれた部分は、周りの繊維と調和することで、整える。
足りない丈の分は、余っている布地をべつの部分へと移動させた。
「聖女の魔力は……凄いな。こんなことができるなんて」
「調和の性質もすごいけど、セシリアの魔力コントロール技術がなきゃできないことだよ。もっと褒め称えるがいいよ!」




