04.
聖女の魔力によって、危機を脱することができた。
セシリアは傷だらけの子犬を拾い上げて、魔王城の中へと連れて帰る。
「この子犬……どうするの? セシリア」
ふわふわと隣に浮かぶ真理が、問いかけてきた。
「助けるって言ったでしょ?」
「えー……辞めといた方が良いとおもうなぁ」
「どうして?」
「だってそいつ、魔のモノだから」
(魔のモノ……魔物ってことか)
確かにこの子犬、セシリアの言葉を理解するほど、高い知性を持っていた。
魔物は強大な力とともに、知性をも備えていることがある。
(でも魔物だとして、なぜ別の魔物に襲われたの……?)
魔物同士でも縄張り争いは珍しくない。
それでも、どこかしら引っかかるものがあった。
しかし今は目の前の命を救う方が先だ。
セシリアは決めたのだ。
(もう心のままに、自分らしく生きるんだ)
「相手がなんであれ、私は助ける」
「はいはい、君に従うよ。で? どうするんだい……?」
「聖女の魔力を使う」
セシリアは子犬を魔王城の廊下にそっと横たえた。
本当は清潔な代の上で処置をした方が良いのだが、今は一刻を争う。
セシリアは人差し指を立て、その先に魔力を集中させる。
黄金の輝きを放つ魔力を、一点集中させながら、子犬の傷口に近づける。
「がる……」
子犬が不安そうにこちらを見上げてきた。
「大丈夫。あなたの壊れた細胞を、聖女の魔力特性『調和』で、修復するだけだから」
聖女の魔力は、周りの物質と調和、すなわちそろえることができる。
壊れた細胞に魔力を浴びせると、周囲の正常の細胞へと変わる……すなわち、それは治癒に他ならない。
「ぎゃ……う……」
「まあ不安になる気持ちはわかるよ」
真理は子犬に向かって解説する。
「魔物にとって治癒魔法は毒となる。女神様の力は魔物への対抗手段だからね。特に治癒は、魔のモノと反発する。本来なら治癒魔法をかけた時点で死んじゃう……けど、セシリアは特別さ」
セシリアは真理の解説が耳に入っていなかった。
指先に神経を集中させながら、ゆっくりと、傷口をなぞっていく。
調和の魔力が壊れた細胞のみにまとわりつく。
これはかなり高等な技術だ。
一見ただ魔力を浴びせてるだけに見えるだろう。
だが、彼女は壊れた細胞、ピンポイントに魔力を浴びせているのである。
生物の体細胞はかなり小さい、ミクロの世界だ。
顕微鏡で見ないとわからないくらい、小さな、壊れた細胞だけに魔力を浴びせる。
そうしないと、調和が崩れてしまうからだ。
壊れた細胞と、正常な細胞に、一気に魔力を浴びせてしまうと、元々の正常な細胞が、壊れた細胞の方にひっぱられてしまう。
壊れた細胞を再生させると同時に、正常なものも壊してしまうのだ。
ゆえに、治癒の際は、壊れた細胞を一つ一つ、丁寧に、魔力を浴びせなければいけない。
超がいくつ付いても足りないくらいの、高等魔力コントロール技術が必要となるのだ。
しゅうう……という音を立てながら、子犬の傷口が塞がっていく。
「ふふ……驚いてるようだね、子犬くん」
真理が得意げに、ちかちかと明滅しながら、子犬に解説する。
「セシリアの治癒によって、君がダメージ受けていないことに。治癒魔法をただ放っていたら君は死んでたさ。でも彼女の魔力を使った治癒は、例外的に、君らの細胞を傷つけないのさ」
治癒魔法は、魔のモノにとっての毒物となる。
それは、聖女の魔力というものを、治癒魔法という瓶の中になみなみと注ぎ、濃縮しているから起きる現象であった。
毒を薄めれば薬となるように、治癒魔法という型にはめ込む前の、純粋な魔力ならば、魔のモノにダメージを与えないで済むのである。
「もっとも、一般人がそれやったら、普通に失敗するからね。人の細胞1つ1つに、正確に水滴を垂らすような精密作業が必要なんだからさ。セシリアに感謝することだねっ」
やがて、セシリアは治癒を実行し終える。
すっかり、傷口は塞がっていた。
ふぅ……とセシリアは安堵の息をつく。
「お疲れ~。いつ見ても見事な魔力コントロール技術だね。さっすが~」
「ありがと」
セシリアは倒れ伏す子犬を抱き上げる。
子犬はこちらを見て、目を丸くしていた。
「なんで魔物を助けるかって目だね、これは」
「あなたが助けを求めてる目をしていた。だから応えた。もう自分の心に従うって、決めたからね」
そのときだった。
カッ……! と子犬の体が、まばゆい光に包まれたのである。
小さかった体が、ぐんぐんと大きく、重くなっていく。
「きゃあ!」
「セシリア!? 大丈夫!?」
子犬だったものはどんどん姿を変えていく。
縦に長い体。
手足が伸び、そして毛皮は引っ込んでいく。
やがて、そこには長い藍色の髪をした、美しい青年がいた。
「人……?」
「いや、魔族だよ」
「へ……? ええっ!? ま、魔族!?」
……どうやらセシリアは、魔物ではなく、魔族を治癒したようだった。




