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レオニダスは、セシリアが用意した食事に、何度目になるかわからない感嘆の息をついた。
(セシリアに驚かされっぱなしだ……)
料理を放置したら傷んでしまうのではないかという疑問は、しかし口に出す前に解消された。皿がひんやりとしているのだ。氷の魔石に術式を刻んだ魔道具が、食器を冷やし続けているらしい。
(温かいものはその場で調理して温かいままに、冷たいものは冷たいまま食べられる……見事な工夫だ)
レオニダスだけでなく、フィーネもまたこの仕掛けとバイキング形式に、驚きを隠せなかった。
(夜会でも似たような形式はあるけれど、時間が経つにつれ料理が傷んで、後半は誰も手をつけなくなる。食べ物が無駄になってしまうのが、いつも気になっていたのよね)
セシリアの場合はそうならないよう、冷蔵の魔道具を用いている。心憎い配慮だった。
「はあ……うまい」「こんなに美味しい朝ごはんは初めてだ」「とんでもないホテルだ」
魔族の騎士たちが、満足げな顔でお茶を飲んでいた。ラスカから手に入れた茶葉で淹れたものだ。王都でも普通に手に入る、取り立てて珍しくもない茶葉。しかしフィーネはそのカップに、再び目を向けた。
「この紅茶、一体どうなっているのでしょう? 渋みが全くなく、けれど風味と香りは損なわれていない……どんな魔法をお使いになったのですか?」
セシリアは笑顔で首を横に振った。
「魔法は使っていないんですよ。ただ、淹れる際にいくつか工夫をしているだけです」
熱湯をしっかり沸かし、ポットも温めておく。茶葉をポットに入れたら、じっくりと蒸らしてから注ぐ——それだけのことだという。
「そんなに手間暇をかけてくださっているのですね」
「こうすることで、茶葉本来の良さを最大限に引き出せるんです」
(もっとも、蒸らす際に調和の魔力も使っているけれど)
茶葉から滲み出る成分がポット全体に均一に広がるよう、魔力で整えているのだ。結果としてムラのない、美味しい紅茶ができあがる。
「なるほど……おもてなしの心ですね」
「はい!」
フィーネは美味しい朝食を前に、そのおもてなしの心が十二分に伝わってきた。
直接、正体を確かめたわけではない。しかしフィーネの中で、答えはすでに出ていた。
(もう、答え合わせは不要ですね)
こんな辺鄙な場所にあるホテルで、これほどの料理が食べられるわけがない。料理だけではない。部屋も、アメニティも、この宿のすべてから、作り手の優しい心が滲み出ていた。
手記を書いたあの人物と、目の前の少女が、静かに重なり合う。
(セシリア様にお会いできたのは、運命ね。神に感謝しなければ)
しかしフィーネは騒ぎ立てることはしなかった。この確信は、胸の内だけにしまっておく——そう固く決めていた。
(彼女が正体を隠している以上、こちらから何も言いません)
「女将さん、ありがとうございます。とても素晴らしいホテルですね。また来たいです」
セシリアがさらに明るい笑顔でうなずいた。
偽りのない言葉だった。また必ずここへ来たい——フィーネがそう思ったまさにそのときだった。
「セシリア! 大変だよ!」
凄まじい速さで、光る精霊が食堂へ飛び込んできた。真理だ。人前に姿を現しただけでも異常なのに、その声には明らかな切迫感があった。セシリアの表情が一瞬で強ばる。
「何かあったのか?」
セシリアより先に、レオニダスが前へ出て真理に問いかけた。
「国王だ! 国王がここへ向かってきているんだよ!」
「!?」
セシリアも、フィーネも、同時に声を失った。
「そんな……どうしてお父様が……!?」
フィーネは行き先を告げていなかった。父がここへ来られるはずがない。しかし来たということは、何らかの手段があったということだ。
「そこの姫様のせいだよ」
「私の……?」
「正確には、姫様の体に居場所を知らせる魔道具と、会話を盗み聞きする魔道具が仕込まれていたんだ」
「な……!?」
フィーネが目を見開いた。真理は彼女の髪飾りの周りをゆっくりと飛び回る。
「この髪飾りが発信器と盗聴器の役割を果たしている。これをつけていたから、国王はここへ来られたんだよ」
「…………」
フィーネはすぐさま前髪の髪飾りを外した。鳥のモチーフで、目の部分は宝石が嵌め込まれていた。
「目を凝らさないとわからないが、精緻な魔道回路が組み込まれている。宝石は魔力結晶だよ」
一見してはわからない。そんな魔道具を、娘に身につけさせていたのだ。
発信器ならまだ理解できる。しかし盗聴器は、やり過ぎだった。娘がどこにいて、何を話しているかまですべて把握しておきたい——父の、そんな気持ちが透けて見えた瞬間、フィーネの手から髪飾りがぽろりと落ちた。
父からもらったのは、八歳のときだった。防犯目的と言えば聞こえはいいかもしれない。しかし——。
『ずっと身につけているんだよ。肌身離さず』
父の言葉を真に受けて、その通りにしてきた。一体どれほどの会話を盗み聞きされてきたのだろう。
「セシリア、君は隠れていてくれ。俺が対応する」
「レオニダス……だめだよ!」
ナハト王がどこまで把握していて、何をしにここへ来たのかわからない。しかしろくでもないことを企んでいるのは明らかだった。そんな王の前に、魔族であるレオニダスが現れたらどうなるか——フィーネもセシリアも、あの王の性格をよく知っていた。
「大丈夫だ。俺に任せてくれ」
「嫌……! 捕まえるなら私を捕まえるよう言う! セシリアだって……!」
「…………本当に、君は優しい」
レオニダスは静かに微笑んだ。そして次の瞬間、凄まじい速さで動いた。セシリアの首の後ろへ、そっと手刀を当てる。
ぐらり、とセシリアの体が傾いた。それをラスカが素早く受け止める。
「セシリアを頼む」




