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ラスカは深夜に目が覚めた。
「…………」
目を開けて体を起こすと、すぐに体調の変化に気づいた。いつもなら目覚めても数分は体を起こせない。気力を振り絞ってようやく、という有様のはずだった。しかし今日は違った。ぱっちりと目が覚め、さっと体をベッドから起こすことができた。長時間馬車に揺られた翌日は腰が痛むのが常だったのに、それもない。
すっ、とベッドから降り、体をひねって背後を確かめる。尾てい骨の辺りから伸びる【それら】は、健在だった。
「…………」
さっ、とラスカはそちらから目をそらした。見ていると、嫌な過去を思い出してしまうからだ。腰をひねってみる——やはり、痛みはなかった。
「それくらい、このベッドが優れてるっちゅーことかいな……」
昨晩ベッドに横になったとき、信じられないほどの柔らかさと温かさを感じた。よく晴れた日に、ふかふかの雲の上で眠っているかのようだった。
「それほどまでに凄いベッド……魔道具なんかな」
月の目がベッドに宿る尋常ならざる魔力を捉えていた。しかし不思議なことに、ベッドには何の細工も施されていないように見えた。
(魔道具の基本は動力源と術式……。でもどっちも見当たらへん。なんでや……)
例えば冷蔵の魔道具であれば、魔力を結晶化したものが填められ、氷の魔法の術式が刻まれているはずだ。しかしそういった結晶も複雑な紋様も、どこにもない。
「固形物への魔法付与は、そもそも難しいはずなんやが……」
わかっているのは、これが魔道具であるということ。そしてそれを作ったのが、この宿の女将セシリアだということだけだった。
「ほんまに……何者なんやろか……」
当初は、誰にも知られていない天才魔道具師がいるという金脈を見つけたと思っていた。だが今は、そんな喜びよりも底知れない恐ろしさの方が勝っている。
(腕のええ職人なら、なんでこんな辺鄙な場所にいるんやって話やし……。それに姫さんをすっかり骨抜きにしてしまってるようやし……)
同族であるレオニダスは「彼女は無害だ」と主張している。魔族に理解のある人物だとも思う。だが——。
(あまりに底が知れなくて、怖い……)
目の前に開いている穴が奈落に繋がっているのか、宝箱に繋がっているのか。どちらかといえば前者のように思えてならなかった。
「……わからん。わからんから、今は考えるのやめとこ」
(そういえば、風呂があるって言うてたな……。気分転換に入ってみるか)
荷物をまとめて廊下へ出たところで、風呂場の場所を知らないことに気づいた。
「どないしよ……」
「オコマリデスカ?」
「うおおお!?」
突然声をかけられ、思わずその場で腰を抜かしそうになった。身構えたが、目の前にいたのは小さなゴーレムだった。腰の辺りほどの背丈で、顔はのっぺりとしているが、○△○という簡単な表情が彫り込まれている。
「ご、ゴーレム……しかも発話機能付き……やて……?」
自立思考型のゴーレムは、世界最高の天才魔道具師・八宝斎によって開発されたものだ。しかし一般に製作するとなると費用が膨大で、国家が管理・運用するのが普通とされている。こんな辺境の宿にあっていいものではない。
(た、確かにあの嬢ちゃん、ゴーレムを作る腕はあるようやったけど……まさか自立思考型まで作れるとは……!)
それはまさに八宝斎レベルの腕がある証拠だった。
(八宝斎の弟子や子孫はみんな要職に就いてたり大ギルドを率いてたりするのに……まじで何者なんや、セシリアって……)
「オコマリデスカ?」
「あ、ああ……」
ゴーレムとわかっているなら別に構わない。ラスカが風呂に行きたいと告げると、ついてくるよう促してきた。
ころころ……と小さな車輪がついているらしく、スムーズかつ静かに移動している。むしろさっき自分が上げた悲鳴の方がよほど騒々しかった。
程なくして風呂場へとたどり着いた。入り口が赤と青に分かれている。
「入り口が分かれてるのはなんでや?」
「アカハオンナユ、アオハオトコユ」
「なるほど……」
異世界では男湯と女湯の概念はあれど、色による区別という発想はなかった。
「ぱっと見てわかるのは便利やな……ありがとな」
ゴーレムはころころとどこかへ去っていった。
(……便利すぎるゴーレムやな。夜中に対応するスタッフを雇わんでええし、人件費が浮く)
中に入ると、広く清潔な脱衣所があった。人の気配はなく、ラスカは安堵の息をついて服を脱ぎ、頭に巻いていたターバンも外して風呂場へ向かった。
「おお、広い風呂やな……公衆浴場みたいや」
ツッコミを入れようとして、やめた。八宝斎レベルの魔道具師がいるのなら、これくらいあっても不思議ではない。
頭からお湯をかけ、湯船に体を沈める。
「っくぅう……」
まるで泡になってしまったかのようだ。しゅわあ、という心地よい感覚。疲れが体から溶け出ていくようだった。
そして——。
「ん? なんや……腰の辺りがむずむずするような……」
気になって腰を見た。そして——叫んだ。
「な、なんやてええええ!?」
すぐさま、がらっと脱衣所の扉が開いた。
「ど、どうしたんですかラスカさん! ってええっ!?」
入ってきたのは女将のセシリアだった。叫び声に気づいて来たのだろう。しかし彼女の目はラスカ本人ではなく、その一部に注がれていた。
「ラスカさん……翼が、生えてる……」
腰の辺りから漆黒の翼が伸びている。そう、ラスカは魔族だ。八咫烏の力を継承した魔族なのだ。
しかし問題はそこではなかった。
「あ、ありえへん……」
「そうですよね! 入浴中に入ってくるなんてありえないですよね。すぐ出て行きます……」
「そうやない!」
ぴしゃりと、ラスカが言った。
「うちの翼……羽根が抜けてたんや」
ここへ来る前、羽根はもがれ、翼はボロボロになっていたはずだった。しかし今は治っている。どれだけポーションをかけても回復しなかった翼が、元通りになっているのだ。
「どないなっとんねん……」
「えっと……とりあえず、湯船に浸かられては……? その……裸ですし……」
言われて、ラスカはおとなしく湯船にしゃがみ込んだ。




