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程なくして、セシリアがフィーネたちのもとへとやってきた。
「お待たせしました! お部屋の用意ができ……え?」
セシリアが目を丸くする。近くにいたフィーネが、自分の目の前で跪いているのだ。彼女が高貴な身分であることはわかっている。それだけに、いきなりそんなことをされて、戸惑うしかなかった。
「フィーネさん……? 顔を上げてください」
「……失礼しました」
フィーネはゆっくりと立ち上がり、セシリアをまっすぐに見た。その目に浮かぶのは、深い敬意と、長年の思いが溢れたような熱だった。
(やはり、この方だ。間違いない)
フィーネの目はラスカと違って魔力を見ることができない。聖女の魔力を見たわけではない。彼女が見たのは、セシリアの態度だ。
彼女の正体はどうあれ、凄まじい能力を持つことは明らかである。
また、魔族達を救ったという立場でもある。にもかかわらず、こちらに対して見下すような目を向けてこなかった。
凄い力を持ちながらも、決して他人に対して驕った態度を取らない。それが、手記から読み取れた聖女セシリアの性格だ。
今、目の前に、手記で読み取ったそのままのセシリアがいる。
絶対に本人だという確信がフィーネの中にはあった。
……しかしフィーネは、向こうから名乗り出ない限り、何も言うつもりはなかった。
(どういう経緯かは不明だけど、彼女はこの辺境の地にいる。それはつまり正体を隠したいということ)
死んだ後転生したのか、あるいは、この世界に転移したのか。それか氷漬けになっていたのか。彼女が今ここに居る理由は、わからない。
だが、はっきりしてるのは、この世界において、彼女は悪女として扱われているということ。
自分がセシリア本人ですと名乗れば、一体どういう事態になるのか。子供だってわかることだ。騒ぎを大きくしないために、彼女はこの田舎で暮らしてるのだろう。
ならば、向こうが言わない限り、こちらから本人かどうかと尋ねるべきではない。それがこの方への礼儀だと、直感が告げていた。
「こちらのホテルに助けていただきましたこと、心より感謝申し上げます」
フィーネは改めての、感謝の意を伝える。
黄昏の竜、そして自分たち。国にとっての重要人物を助けたというのに、セシリアは金銭を要求してこない。
「いえ、大したことはしてませんので……!」
それどころか、心からの笑みを浮かべながら、そんなことを言う。相手に恩を着せることもできるというのにだ。
(ああ! やはりこのお方は……聖女セシリア様! お会いできて光栄すぎる……!)
今すぐにでもサインを……となりそうになるが、それを理性で押しとどめる。己の欲よりも、他者の迷惑を考えられる娘なのだ。
……改めてどうしてナハトから、この娘が出力されてきたのか。真理あたりはそういうだろう。
「さあ、皆さん、お部屋へどうぞ!」
セシリアに先導されて、一行は客室へと移動する。
どうやら、全員がお茶を飲んでいる間に、部屋の用意をしていたらしい。
(なんて仕事の出来るお方なのだろうっ)
セシリアが何かする度に、フィーネの好感度が上がっていく。憧れフィルターが掛かっているとはいえ、異常なほどの上昇っぷりである。
彼らが扉を開けると、綺麗に整頓された部屋の中には、きちんと畳まれた衣類が一人分ずつ用意されていた。
「これは……?」
「部屋着です。よかったら着替えてみてください」
試しに袖を通したフィーネは、思わず息をのんだ。
(なんという着心地……!)
するりと、生地が肌を包んでいく。まるで空気をまとっているような軽さ。それでいて、体のどこにも当たりがなく、ぴたりとサイズが合っているのだ。
窮屈さはまるでない、服のほうからこちらの体に合わせて形を変えているように……否。
本当にサイズが変わったのである。
「サイズが……どうして……?」
「ちょっとした工夫です」
セシリアがにっこりと笑って言う。調和の魔力で、布の繊維を一人ひとりの体に合わせて整えてあった。それだけではない。シルク特有の光沢はそのままに、肌への当たりをさらに柔らかく調整してあった。一度触れればもう手放したくなくなるような、奇跡のような肌触りだ。
ラスカが恐る恐る生地を指でつまむ。
「……なんやこれ。布の触り心地が、変わっとる」
「すごいでしょう?」
(なんやねん……この子は一体……!)
「さ、皆さんのお部屋にもそれぞれ同じモノが用意されております! 好きにお使いください!」
ラスカ達は目を見合わせる。
「とりあえず、今日は休みましょう。皆さんお疲れの用でしょうし」
「せやな。うちも……長旅で疲れたしな」
その後、ゴーレムたちが運んできたシーツの交換も完了した。
魔族騎士達、ラスカは別の部屋へと移動。一人残されたフィーネがベッドに横になる。
ふわりと膨らんだシーツは、触れるだけでため息が出るような柔らかさで、仄かに温かみを帯びていた。
「では、ゆっくりお休みください」
セシリアが一礼して退室した。
ふかふかの布団が体を包み込む。先ほどまでの疲れが、嘘のように溶けていく。
フィーネは、気づけば目が重くなっていた。
部屋を出て行った騎士たちも、一人また一人と、安らかな寝息を立て始めた。
フィーネもまた、布団の中に包まれながら、瞼をゆっくりと閉じた。
(このお方は……本当に、あの手記の通りの方だ。いつか……きちんとお話ができれば)
そんなことを思いながら——彼女もまた、ほどなく深い眠りへと落ちていったのだった。




