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一方、フィーネや騎士たち、そしてラスカはというと——。
「皆さん、お体の具合はよろしいですか?」
騎士たちにそう尋ねるフィーネ。直感で彼らの様子はわかっていたが、無理をしている可能性もゼロではない。
(はぐれ魔族のうちらにも気を遣いはるんやから、ほんまに優しい姫さんやで)
はぐれ魔族とは、三十年前の魔王と勇者の戦いに関わらなかった魔族たちのことだ。人間の多くは知らないことだが、魔族の全員が人間に対して好戦的なわけではない。争いを好む者もいれば、そうでない者もいる——人間社会と同じだ。しかし人間は愚かにも、魔族を一様に凶悪な種族と決めつける。
(その点、あの女将さんは魔族に対しても普通に接してはったな……魔族でも助けるし……)
騎士たちはうなずき、フィーネに告げた。
「体の具合はとてもよいです」「特にこの宿に来てから、信じられないほど調子がよいんです」
確かに、彼らの顔色はいつになく明るかった。
(そういえばうちも元気やわ。なんやろう、これ)
すっ、と彼女は目を開いた。ラスカの目は【月の目】という。別名、魔力眼——他者の魔力を視認できる、かなり有用な目だ。
通常、魔力は目で見ることができない。熟達した魔法使いであっても、本能で魔法を扱える魔物であっても同様だ。唯一の例外として、魔力が完全にゼロの者が、魔力に対する特別な感受性を得て発現する虚無の魔眼があるが、魔力ゼロ者などこの世に数えるほどしかいない。
魔力眼を持っていれば、そのような特殊体質でなくとも、特別な修練なしに、魔力を目で見ることができるのだ。
ラスカの目が自分自身と部下たちの魔力を捉えた。ごうっ、と黄金色の魔力が自分たちを包んでいる。
「…………」
ラスカの額に汗が流れた。震えが来るほどの魔力量だった。あり得ない。魔族は確かに人間より体内に留めておける魔力量が多い。魔力眼を持つラスカは、他の魔族よりも正確にそれを把握できる。その彼女が驚愕して動けなくなるほどの魔力量が、突然溢れているのだ。
魔力量のキャパは生まれたときに決まっている。それが突然増えるなど、あり得ないことだった。
「ラスカ、何か見えているの?」
勘の鋭いフィーネがすぐさまラスカの異変に気づいた。
(ほんまにこの方には隠し事できへんわ……)
ラスカは包み隠さず、今自分の体に起きている変化を告げた。自分のキャパを超える魔力が、体全体から溢れ出ているのだと。
「皆さんも同じですか?」
フィーネが魔族の騎士たちに尋ねた。ラスカの目は確かに、他の魔族たちからも同様の膨大な魔力が噴き出しているのを捉えていた。
「そういえば、体のだるさが和らいだ気がします」
翼竜との戦いで、騎士たちはかなりの血を流していた。治癒によって傷は癒えたが、失った血まで戻るわけではない。体のだるさはそこから来るものだろう——いや、来ていたのだろう。しかし今の彼らの顔色は明らかに優れている。
「魔族は人間と違って、魔力単体での自己治癒が可能やからな」
魔族の体の構造は、人間よりも魔物に近い。魔力は言わば電気のようなもので、人間はそれを治癒魔法という術式に流し込むことで効果を発揮させる。一方、魔物は魔力を体内で巡らせるだけで細胞を自ら治癒できる。体そのものが魔力から成っているからという理屈だ。
「魔力が増えたことで、失った血が補われた……ということでしょう」
「にしても、一体どうやって魔力が増えたんや?」
魔力を増やす最も手軽な方法は睡眠だ。しかし魔族たちはここに来るまで眠っていない。他にしたことといえば——。
(セシリアはんに治療してもらったのと、出されたお茶とお菓子をいただいたくらいか)
いずれにしても、他者の魔力を増やすことはあり得ない。魔力を増やすアイテムは存在するが、それは相当高価なもので、こんな辺境の宿でおいそれと提供されていいものではない。
そしてもうひとつ思い当たること——セシリアが魔族たちに術のようなものを施していた。それが体内に魔力を送り込んだ……のだとすれば。
(そんなこと聞いたことあらへんわ。だいいち人の魔力は、生み出された時点でその人のもんや。他人に譲るなんて不可能なはずや)
魔力は言うなれば血液に似ている。他者に入れることはできるかもしれないが、体がそれを拒絶してしまう。
「そもそもおかしいんです。治癒魔法は、我ら魔族には毒のはずなのに……」
今まで黙っていた魔族騎士たちも、皆疑問を抱えていたのだ。治癒の力は女神に由来し、魔のものを拒む性質がある。ゆえに治癒魔法は魔族にとって毒のはずだった。
「あのお嬢さんの力は、とても温かく、傷を癒してくれた……」
一体何が起きているのか。フィーネがいる手前言い出せなかったが、魔族たちは皆かなり困惑していたのだ。
(いずれにせよ、この場にいる全員……あの女将さんが異常だとは気づいたようやな)
しかし、そんな混乱の坩堝のなかで、ただ一人、目を輝かせている人物がいた。
「やはり……あの方は……あのお方は!」
「ひ、姫さん……? どないしたんですか……?」
フィーネだけが、まったく異なる反応を見せていた。恋する乙女のように——いや、長年探し求めていた憧れの存在をついに見つけた者のように、興奮の色が隠せないでいたのだ。




