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ラスカを驚かせているとは露知らず、セシリアは彼女と一緒に馬車のもとへ向かった。
「わあ! すごい! 新鮮なお野菜がたくさん! お魚も!」
樽や箱いっぱいの食材を目にして、セシリアが歓声を上げる。今まで獣の肉と香草、保存食しかなかったのだ。新鮮な食材を前にしてテンションが上がるのも無理はない。
「鮮魚を運んでいては、腐ってしまうのではないか?」
レオニダスがラスカに尋ねた。
「氷の魔法が付与されとるんですわ。ほれ」
よく見ると、保存容器には複雑な紋様が刻まれていた。レオニダスにはその意味がさっぱりわからなかったが、セシリアがゴーレムを作る際に土塊へ描いていた線に似ていることには気づいた。この容器が冷気を発する魔道具になっているのだろう。だから水揚げした魚の鮮度を保てているのだ。
「しかし冷やせるというだけでは、魚の腐食を完全には防げないのではないか? 現に樽の中心部——冷気の届いていない魚はすでに傷んでいると思うが」
レオニダスはフェンリルの力を持つゆえに、嗅覚が人並み外れて優れていた。
「痛いところ突かはりますなあ……。腐っとるもんは廃棄するしかないんですわ」
「そんな! もったいない! 魚は全部買い取ります! お野菜も!」
ラスカが目を丸くした。
「そら助かりますけど、ほんまにええんですか?」
「はい! 魚も野菜も、この辺りでは手に入りませんので」
荒野と森に囲まれたこの土地では、どちらも貴重な品だ。しかし傷んだ魚まで購入するとはどういうことか——レオニダスはすぐに答えに思い当たった。
「なるほど、調和か」
「そういうことっ」
レオニダスは意図を察し、ラスカに向いた。
「傷んだ魚などは廃棄する予定なのだろう。少し値を下げてもらうことはできないか?」
「そらかまへんけど……」
一方のラスカはまだ何をするつもりなのかわかっていない様子だ。当然だ、セシリアの力を把握しているのはレオニダスだけなのだから。
そのほか、衣類や布なども含め、宿の運営に必要なものをひと通り購入することになった。
「えらいたくさん買いはりますけど、お金はお持ちですの?」
「そのことなのですが、物々交換でお願いしたいのです」
はあ、とラスカが呆れたように声を上げた。
「物々交換って……これだけの量に釣り合うだけのものを……」
持っているのか、とラスカが問う前に、セシリアが手にしていたものを差し出した。
手のひらに収まる、白金の輝きを放つそれを目にして、ラスカは腰を抜かしそうになった。
「し、し、ししし……!」
「ラスカ。どうかしましたか?」
黙って成り行きを見守っていたフィーネが、ラスカに尋ねた。
「し、神獣の鱗や! ほ、本物や……!」
「!? し、神獣って……あの……!?」
神獣——神の使いとされる聖なる獣。大いなる益をもたらす瑞獣であり、滅多に出会えない存在だ。神獣の体の一部は、髪の毛一本でさえも膨大な魔力を秘め、持つ者に富と幸運をもたらすとして高値で取引される。
「これは神獣のなかでも特に稀少とされる、竜の鱗やないですか!?」
「あ、そうだったんですね」
セシリアは特に驚く様子もない。これを物々交換に出すことを惜しむそぶりもなく、ただ普通に差し出している。その「普通さ」がラスカには逆に異常に思えた。
(なんやねん、なんやねんこいつ!?)
腕のいい魔道具師というだけでは説明がつかないことが確定した。何かとんでもない秘密が隠されている。でなければ、神獣の鱗をこうも易々と差し出しはしないだろう。
「これでは不足でしょうか」
レオニダスが尋ねると、ラスカは「いや、そんなことあらへんわ」と首を横に振った。十分どころか、十二分に足りている。正直お釣りが出るほどだ。
「ちょっとお釣りを今すぐ用意できないので、一旦帰ってもよろしいですか?」
「いえ、結構ですよ。差し上げます」
「な!? 何言うてはるんですの!?」
大きなお釣りが戻ってくるというのに、それを不要だという——どこの誰が大金を前にしてそれを手放すのか。ラスカにとっては利のある話だ。しかしありすぎる。かえって怪しく感じるほどだった。何か狙いがあるのではないかと勘繰らずにはいられない。
「ラスカ。この方は嘘を言っていません。本気でおっしゃっているようです」
「姫さん……」
フィーネには特別な直感が備わっていることを、ラスカは知っていた。幼い頃から、腹の底で思うこととは別のことを言い続けてきた父王を見てきたせいだろうか。フィーネには相手の嘘を直観的に見抜く力があった。スキルというよりも、後天的に身につけた能力といえた。
「ほんまにこれ、まるっともらってええんですの?」
「? そういったつもりですけど……」
(なんやねん……こんな凄いものをぽんと出してまうなんて。いったい何者なんや……)
利益をもたらす存在であることは確かだ。しかしそれ以上に、セシリアは得体が知れなすぎる。魔族とも親しくしており、特殊な魔力を秘めている。
(いったい何が正解なんや……どういう存在なんや……!)
ラスカの持つ常識では、セシリアの正体を推し量ることができなかった。至極単純な答えはある——セシリアは聖女であり、三十年後の世界に転移してきた、という答えが。しかしあまりに非現実的すぎて、常識人であるラスカの頭では到底受け入れられなかった。
「……もしかして。いや、それ以外に考えられへんわ」
一方でフィーネは、熱っぽい視線をセシリアへと向け続けていた。ラスカにはそれが逆に困惑を誘った。
(姫さん、どないしたんや……? あんなにあの女将さんを見つめて……)
まるで長年追い求めていた憧れの存在を見つけたかのような眼差しだ。
(そういえば姫さんは聖女セシリアを信奉してはったな……まさか、目の前のお嬢さんがそのセシリアやと思ってるんか? いやいや、それはない。あり得へん……)
しかし残念なことに、間違っているのはラスカの方で、正解を引いているのはフィーネだったのだ。




