37.
セシリアの作った馬型ゴーレムに荷物を引かせ、一行はホテル・リライトへとやってきた。
「はあ……えらいところにホテルがありますなあ」
奈落の森と荒野に挟まれた立地だ。ラスカが驚くのも無理はなかった。
(こんなところにホテル建てても儲からんやろ……何を考えてここに作ったんや……)
商売人の目から見れば、セシリアたちのやっていることはまるで意味がない。
(ん……てゆーか、ここって魔王城の跡地ちゃうか? まさか魔王城をそのままホテルに転用してるとか……ないわな、そんなこと)
ホテルの敷地へ入ると、人型のゴーレムたちが出迎え、騎士たちや王女を宿の中へと案内していく。ゴーレムを見てもラスカは驚かなかった。セシリアがとんでもない魔道具師だとはすでにわかっていたからだ。
(姫さんのお使いついでに、とんでもないものを見つけてしもうたわ。なんとしても関係を結んでおきたいな)
セシリアは王女を寝室へと連れていった。
「はあ! 立派なお部屋でんなあ!」
天蓋付きのベッドを前に、ラスカが声を上げる。王女がベッドへと寝かされる。さらさらのシーツと布団、どれも一級品だ。
(立地はともかく、調度品はどれも上等やな……一泊いくらくらいなんやろか)
「これで一泊いくらですか?」
「五十ゴールドです」
「はあ!?」
ラスカは耳を疑った。五十ゴールド——日本円に換算すれば一泊五千円というところだ。黄昏の竜たちもそうだったが、ラスカもまた驚きを隠せなかった。
(五十て! 逆に怪しいわ……まさかヤバい宿とかいうオチちゃうやろな……)
「気持ちはわかるぞ、ラスカ」
「レオニダスはん……」
同じ魔族であるレオニダスが声をかけてきた。
「彼女は少し世間知らずなところがあってな……」
「……にしても限度いうもんがありますやろ……」
(まじで何者なんや、あの子……)
ラスカは少し目を開いた。黄金に輝く瞳が捉えたのは、セシリアから立ち上る、ごうっとした黄金の魔力だった。
(!……あれ、ただの人間の魔力やあらへんで!?)
ラスカは特別な目の持ち主だ。対象が内包する魔力量を読み取れる魔力眼——その彼女が困惑するほどの、膨大かつ特殊な魔力だった。
「……ほんまに人間なんですか?」
レオニダスに尋ねると、彼はすぐにうなずいた。
「ああ。少し変わっているがな」
(少しってレベルやあらへんけど……)
とはいえラスカはむしろ得心がいった。セシリアは馬型ゴーレムを何体も一瞬で作り上げながら平然としていた。ゴーレム一体作るだけでも相当な魔力が要るというのに、それを三体まとめて作り上げた。これほどの魔力量と特殊な力があれば、なるほどできるはずだ。
(やっぱりただものやあらへんわ! ぜひお近づきになりたい……でも、やっぱりおかしなとこもあるんよなあ)
これほどのポテンシャルを持ちながら、なぜ都会で大成していないのか。ホテル・リライトの名前も、セシリアという名前も、聞いたことがない。
そのとき、ふと思い当たった。
(セシリアって……まさかあの三十年前の大悪女と同じ名前やな……いや、本人なんてことはあらへんよな……?)
大悪女セシリアが亡くなってから三十年が経つ。本人ならどれだけ若く見えても三十は超えているはずだ。しかし目の前にいるのはどう見ても若く可愛らしいお嬢さんだ——と考えているところへ。
「う、うう……」
「姫さん、大丈夫か……?」
王女がぱちっと目を覚まし、ラスカを見てきた。
(軽い脳震盪やったし大丈夫やとはわかっとったけど……はあ、目が覚めてよかったわ)
「ええ……大丈夫です。ここは……?」
「奈落の森の近くにあるホテルや」
(そういえば今回、姫さんは奈落の森にいる黄昏の竜と合流するのが目的やったな……まさかあの人らもここに泊まってるとか……ないわなあ)
王女フィーネは目を見開き、近くにいたセシリアのもとへ歩み寄った。
「ホテル・リライトの女将さんでしょうか?」
「え、あ、はい……。セシリアです」
「!?!?」
驚愕の表情でセシリアを見るフィーネ。
「似ている……でも……年齢が……」
(あー……そうか。姫さん、セシリアのことをずっと信奉してはったもんなあ……)
かつて悪女と呼ばれたセシリアのことを、どうしてかフィーネは深く慕っていた。今の反応からして、目の前の女将とセシリアを重ねているのだろう。しかし三十年が経ってもこれほど若いのはおかしい——別人だと頭の中で整理しているのだろう。
「姫さん、おそらく別人やと思います」
「そ、そうですよね……大変失礼しました」
フィーネは改めて、セシリアに深々と頭を下げた。
「黄昏の竜の皆様、および我々をお助けいただきありがとうございます。私はフィーネ——フィーネ・フォン・ゲータ・ニィガと申します」
挨拶を受けて、セシリアも「初めまして、セシリアです」と返した。
(今の状況を素早く把握したんやろう。ほんまに頭のええお方やで)
翼竜に襲われ、気づいたら見知らぬ場所に移動していた。部下たちが傷を負っているのも目にしている。それらの情報から、セシリアたちに救われてここに来たのだと、フィーネはすぐに察したのだ。
「ところで、ケンたちは今どちらに……?」
「奈落の森に出かけております。夕刻には戻ると伺っています」
「そうなんですね。では、それまでここで待たせていただいても……?」
安堵の息をつくフィーネ。手紙で無事は知っていても、やはり自分の目で確かめたいのだろう。
(ほんまお人好しやで……姫さん。まあ、そういうとこが気に入ってるんやけどな)
「少しよいか、ラスカ」
黙って話を聞いていたレオニダスが声をかけてきた。
「なんや?」
「君は商人なのだろう? ならば食料などを扱っているのではないか」
「せやな。それが?」
「このホテルの食料を購入させてほしいのだが」
「ふうん、別にかまへんけど」
今回は王女を送り届け、近くの街でついでに行商をする予定だったのだ。このホテルの台所事情は不明だが、これほどの魔道具師であれば金はある程度あるだろうと思われた。
「食料やな。ほな後でな」
「はいっ」
「ちなみにどんなものが要るん?」
「質の良い小麦があれば、それを。あとは野菜も……。あ、砂糖も!」
欲しいものはわかった。わかったのだが——。
(え、今それらが欲しいって……。このホテル、今まで何で食事してたん……?)
食材を買い求めるということは、裏を返せば今は足りていないということだ。それでどうやって食事を提供しているのか。
(あ、素泊まりなんかな……いや、でも黄昏の竜は泊まってるって話やったよな……)
疑問が次々と湧いてくる。
「あ、そうだ。お茶をお出しするのを忘れてました! 少し待っていてください」
セシリアが席を外し、ほどなくして戻ってきた。ゴーレムが押してきたカートの上には、お茶とお茶菓子が乗っている。
「!? なんなんですかこれ……」
「ただのお茶とお茶菓子ですけど……?」
見たことのないクッキーだった。食材が足りないと言っていたのに、こんな未知のものが出てくるとは。
「ひ、一口いただいても……?」
「どうぞ!」
ラスカとフィーネがクッキーを口に運ぶ。口溶け滑らかで、噛むとレーズンの甘みと独特な芳醇な香りが広がった。
「なんやこれ!? う、うまいやないですか!」
「これは何でしょう……美味しい……ラム酒の香りが……?」
「はい。ラム酒に漬けたレーズンとバタークリームを合わせた、ラムレーズンクッキーです!」
あまりの美味しさに言葉を失いながらも、ラスカの疑念はますます深まるばかりだった。
(こないうまいもんが作れるのに……どうして食材が足りへんの? どうしてこんな辺境でホテルやってるん!?)




