36.
レオニダスが横転した馬車を起こすと、騎士たちが目を輝かせた。
「素晴らしい……」「フェンリルの力を持っているとは……!」「魔王の血族の力……凄まじい……」
セシリアは改めて騎士たちを見渡した。皆、鎧とヘルメットを身につけているため一見すると人間に見える。しかしそれは変装だ。
(仕方ないか……魔族はかつて人類を滅ぼそうとした存在として扱われているのだから)
真理に言われなければ気づかないほど、変装した魔族は人間そのものに見える。レオニダスも同じだ。獣化した腕やフェンリルの姿を目にしない限り、普通の人間と区別はつかない。
(そんなわずかな差でしかないのにね)
すると、一人の女性が近づいてきた。馬車の中で王女と一緒にいた人物だ。狐のように細い目と、すらりとした体型が印象的で、全体的にゆったりとした服を身につけ、頭には布を巻き付けている。
「セシリア。こちらは商人の『ラスカ』さんだそうだ」
レオニダスと話していたその女性が、ぺこりとセシリアに頭を下げた。
「ラスカ言います。金鴉商会いうとこで商人やっとります。よろしゅうに」
(関西弁……? こちらの世界にもそういった話し方があるのね)
ラスカに続いて、セシリアも丁寧に頭を下げた。
「セシリアです。近くのホテルで女将をやっています」
「……この辺りにホテルなんて、ほんまにあるんですか?」
「ええ! 皆さんまだ体調が万全ではないので、ホテルにご案内しようかと思っているのですが……いかがでしょう」
ラスカ側にはゲータ・ニィガの王女がいる。得体の知れない場所へ連れて行くことに、心理的な抵抗があるのではないかとセシリアは思っていた。
しかしラスカは予想に反して、あっさりと「そうしましょか」とうなずいた。
(あれ……? 警戒していない……?)
「レオニダスはんが信頼しているお人なら、うちも信頼しますわ」
(なるほど……さっき二人が話していたのは、お互いの素性についてだったのね)
魔族であるという素性を打ち明け、レオニダスがセシリアを信頼に足る人物だと伝えたのだろう。
「ありがとう、レオニダス」
「当然のことをしたまでだ。礼を言う必要はない。ただ……君の力になれたことは嬉しい」
微笑むレオニダスをまた直視できなかったセシリア。
(なんだか変だわ……不整脈……?)
胸の辺りが甘くきゅっと締め付けられる感覚がある。真理に聞けばその理由はわかるのだろうが、真理は肝心なことを真面目に答えないことがあるから信用に足りない。
(悪い子じゃないんだけど、普段がちょっとね……)
「なにさ、セシリア?」
真理が周りをふよふよと舞っている。
「何でもないわ。では皆さん、馬車にお乗りください」
「言うても、馬車を引く馬が全部逃げてしもうたんですわ……」
はあ、とラスカが大きくため息をついた。翼竜に襲われた際に、馬たちが逃げ出してしまったらしい。
選択肢としては、全員で歩いて宿へ向かうか、レオニダスが獣化して乗せていくかだ。フェンリルとなった彼はゴーレム数体を乗せられるほど大きい。
しかし——。
「商品を置いていくのは、さすがに困るのではないか?」
ラスカが同意するようにうなずいた。
(そういえば商人と言っていたし……積み荷もあるか。食料なら鳥獣に食われてしまうだろうし)
彼女たちはこれからホテル・リライトへ向かうことになる。いわばお客様だ。客の望みを叶えることが、女将である自分の仕事だった。
(お客様のニーズに応える、ということよね)
セシリアはうなずくと、ラスカに告げた。
「大丈夫です。荷台を引く馬を作りますので」
「……は?」
ラスカの、柳の葉のように細長い眉がひそめられた。
「何言うてはるんですか……? 馬を……作る……?」
(魔族の方々なら正体が知れても問題ないわよね)
セシリアには二つの武器がある。聖女の万能な魔力と、魔道具作りの知識だ。
セシリアは近くにあった土を手に取り、こねながら馬の形に整えていく。表面に指先で線を刻み、魔王城の玉座に使われていた金属を核としてはめ込む。すると土塊が盛り上がり——一体の馬型ゴーレムが完成した。
「な……!? え……!? はぁ……!?」
馬そっくりに動くゴーレムを前に、ラスカが目を見開いた。ほっそりとした切れ長の目がわずかに開き、奥に黄金に輝く瞳が覗いた。
(綺麗な瞳……まるでお月様みたい)
見とれているセシリアのもとへ、ラスカが駆け寄ってきて肩を掴んだ。
「あ、あんた今、ゴーレムを作ったんですか!?」
「ええ」
「ええて……。あんた、はぁ……」
ラスカの目がレオニダスへと向く。
「彼女は少し特別で、少し変わっているんだ」
「少し、て……」
(少しどころやないですやん……! ゴーレムの作成には、ものすごく緻密な作業が要りますんや。馬と同じ動きをするゴーレムなんて、腕の良い職人が何ヶ月もかけてやる仕事ですやろ!)
ゴーレムに付与する命令が増えるほど、書き込まれる術式(魔法陣)も複雑になる。それを正常に機能させるだけの知識とノウハウを、このセシリアが持っているということだ。
(そんなん、伝説の魔道具師・八宝斎にしかできへん芸当ですやん……。この子にはそれと同等の腕があるちゅうことか!)
魔道具は性能が高いほど高く売れる。ラスカが脳内で素早く算盤を弾いた。
「いやあ、ほんまにすごいですなあ、お嬢さん!」
ラスカはへこへこしながらセシリアに近づいてくる。
「こないなすごいゴーレムをさらっと作ってしまわれるなんて、ほんまにたいしたお人や!」
疑うよりも持ち上げる方向へとシフトしたラスカ。
(金の匂いが、ぷんぷんしますなぁ……!)




