35.
セシリアの宿から程近い場所で翼竜に襲われていたのは、ゲータ・ニィガ王国の騎士たちだった。
レオニダスはフェンリルの姿のまま遠巻きに彼らを観察し、かすかな違和感を覚えた。
(おかしい……騎士の遠征にしては、人数が少なすぎる)
鎧で武装しているのはせいぜい五、六名だ。明らかに不自然だった。また、騎士団が率いるにしては馬車があまりにも普通すぎる。幌付きの馬車は、どう見ても街中でよく見かける一般的なものだ。
(高貴な身分の方が乗っているなら馬車が普通すぎる。かといって一般の方の馬車に騎士が護衛としてついているのも妙だ)
どう見ても常識に合わない一団だった。レオニダスが警戒を強める一方、セシリアは負傷した騎士たちのもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか!? お怪我は?」
しかし騎士たちの顔色は優れない。肩を押さえ、青ざめている。出血多量による症状だけではないようにセシリアには見えた。彼女は小声で真理に尋ねた。
「……翼竜の毒に侵されているみたいだよ」
「……毒!」
「さっきの翼竜はただの翼竜じゃない。翼毒竜という亜種で、通常種よりも強い毒を持っているんだ」
セシリアはすぐに治療にかかった。
「はぁ……はぁ……我々より、中のお方の治療を……」
騎士たちは荷台にいる人物の治療を優先してほしいようだった。全員が同じことを繰り返している。
「大丈夫! みんな助けるから!」
そう言って手を前に掲げる。
「真理は中の方の状態を調べておいて! レオニダスは周囲の警戒をお願い!」
二人はおとなしくセシリアの指示に従った。
セシリアは聖女の魔力を発動させる。調和の力は解毒にも使える。毒に侵された細胞と正常な細胞を調和させ、毒を中和するのだ。
(思ったより毒の回りが早い……!)
毒が広がる速度が、中和する速度を上回っていた。
(一人を完全に解毒し終わる前に、全員に毒が回ってしまう)
真理の方をちらと見る。特に何も言ってこないところから、馬車の中の人物は被害を受けていないようだ。翼毒竜の被害を受けているのは騎士たち六名——六人を同時に治療しなければならない。
騎士たちの手足は末端から凄まじい速さで黒ずんでいく。このままでは死に至る。
(よし!)
セシリアは懐から一枚の鱗を取り出した。神獣が代金として置いていった聖なる鱗だ。一個でとてつもない値がつくそれを、セシリアは躊躇なく握りしめた。
「はぁ!」
聖なる魔力を発動させる。この鱗を触媒として。
セシリアの力は周囲のものと調和させる力だ。触媒を用いることでその力をさらに増幅させることができ、聖なるアイテムを使えば浄化力も高まる。無論、使用すれば触媒は消費されてしまうが。
増幅された魔力が六名全員を一斉に包んだ。猛毒が体を回るより速く、細胞を正常なものへと変換していく。みるみるうちに黒ずみが消え、翼毒竜の爪跡も含めて、完全な回復を遂げた。
「ふう……これでよし!」
騎士たちの顔色が戻っていた。一仕事終えて、セシリアは額の汗を手で拭った。騎士たちはぐったりとしている。失われた体力まで戻すことはできないからだ。
「あとは馬車の中の方か」
真理が何も言ってこないところを見るに、大事には至っていないだろう。とはいえ軽傷の可能性もあるので、いそいそと馬車へ向かった。
幌付きの馬車だ。街でよく見かけるような、車輪が四つに白い幌で覆われたものだ。馬は魔物との戦闘中に逃げてしまったのだろう。幌は横転していた。
セシリアが顔を覗かせて中を確かめると、ドレスを着た女性と、頭に布を巻いた麻布の服を着た女の子がいた。女の子はレオニダスと何か話している。
「レオニダス! 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。この方たちは問題ない」
ほっとして近づいた。
「外の方たちの治療は終わったのだろう?」
(様子を心配して聞いてこないんだな……)
意外に思っているのが表情に出ていたのだろうか。セシリアの顔を見て、レオニダスがふっと微笑んだ。
「君の力を信頼している。怪我人を放置してくるわけがないとも」
(……なんだか新鮮だな。誰かに信頼されることって、あまりなかったから)
レオニダスとそれほど長い時間を過ごしてきたわけではない。しかし彼はセシリアの力を目の当たりにして、ナハトのように馬鹿にしたり軽んじたりすることなく、ありのままを見て評価してくれた。
知らず、セシリアは微笑んでいた。レオニダスはその笑顔を見て、少し目を丸くした後、さっと視線をそらした。
「それより、大変な事実が判明した」
「大変な事実……?」
「ああ。この気を失っている女性は、ゲータ・ニィガ王国の王女らしい」
「!?」
そして、とレオニダスが続けた。
「この商人も、外の騎士たちも、全員魔族だ」
「なっ……!?」
思わず声が出てしまった。人間は一般に魔族を毛嫌いする。魔族と人間がともにいること自体が異例だというのに、その人間が王族ともなれば、話は全く別だ。
「というか真理! そんな重要なこと、なぜ黙っていたの!?」
叡智の精霊がわかっていなかったはずがない。
「え、聞かれていないから?」
すっとぼけた声で真理が答えた。確かに聞いてはいなかった。しかしこれほど異例の事態が起きているとは想定していなかったから聞かなかっただけだ。
「いやあ、それにしてもセシリアはすごいよ。魔族には治癒魔法が効かないのに、ちゃんと治せてしまうんだから。真理の相棒はさすがだね」
褒められても、まったく嬉しくなかった。むしろこの大事な事実を黙っていた、のんきな精霊への怒りの方が大きかった。
「セシリア。言いたいことはわかるが、まずはこの方たちを宿に運ぼう」
不思議と、レオニダスと話していると心が落ち着いてくる。冷静に物事を見られる彼がいてくれて、本当によかった——セシリアはそう思うのだった。




