34.
神獣を助けた翌日。どうやらケンたちは、ここを拠点として奈落の森の調査を続けるつもりらしかった。何泊かしてくれるとのことで、セシリアは喜んでこれを了承した。
順調な滑り出しを切れた。しかし問題は山積みだ。さしあたっては——。
「食材が足りない……!」
食堂に集まったセシリア、真理、レオニダスが顔を突き合わせていた。
「確かに、料理のレパートリーが少なすぎるよねえ」
人ごとのように、真理が忌憚ない意見をぶつけてくる。
「森で手に入る食材にも限りがあるからな」
現状ホテル・リライトが所有する食料は、魔物の肉、香草、残っている保存食のみだ。工夫の余地はあっても、限界がある。
「ケンさんたちは何泊かしてくれるって言ってるし、毎日違う食事を提供したいわ。それに浴場や客室ももっと拡張したいし……」
やりたいことは多いが、やらなければならないことはさらに多かった。
「人手を増やすにも、まだお金が足りていないしね……」
「神獣からもらった鱗を売ればよいのではないか?」
先日宿を訪れた神獣が代金として置いていった鱗がいくつもある。あるにはある。しかし——。
「どうやって売るの。街まで行くつもり? お尋ね者二名が」
「「…………」」
希代の大悪女セシリア、魔族のレオニダス。どちらも堂々と外に出られる立場ではなかった。下手をすれば捕まってしまう。
「行商人が都合よく来てくれないかなあ」
「よほどの幸運がない限り、難しいだろうな」
セシリアも内心同意した。
(ケンさんたちは優しいから、同じ料理を出しても文句一つ言わなかったけれど……)
今朝の食事は、昨晩と同じものを出さざるを得なかった。神獣の対応に時間を取られてしまい、準備が間に合わなかったのだ。悔しい思いをした。
「来てくださった方が幸せな気分になれる宿にしたいのよ。連泊のお客様にも、毎回満足してもらえるように」
食事の充実、客室のサービス向上——どれも聖女の魔力だけでは解決できない問題ばかりだ。
そのときだった。
「セシリア、大変だよ! 王国の騎士がこちらに向かってきている……!」
「!? 王国の……って」
「君を裏切って悪女扱いした、あの王国だよ!」
真理がすぐに知らせてきた以上、かなりの緊急事態だ。自分を裏切り、殺そうとした王国が——一体なぜ——。
「きっとセシリアを捕まえに来たんだ! そうに決まってる!」
「いや真理……それも検索すれば済む話では……?」
レオニダスの冷静な突っ込みを、真理は鮮やかにスルーした。
「ど、どうしよう、セシリア! こんな宿ほっといて逃げないと!」
言いたいことはわかる。しかし——。
「逃げるわけにはいかないわ。ここは私とレオニダスの宿だもの。お客様だっている」
「……ありがとう、セシリア。でも俺も真理の意見に賛成だ。姿を隠した方がいい」
するとそのとき、真理が「あ!」と叫んだ。
「今度はどうしたの?」
「大丈夫そうだよ。王国の馬車、森の魔物に襲われているから……!」
がくっ、とセシリアがよろめきそうになった。
「全然大丈夫じゃないでしょう! レオニダス、助けに行こう!」
「心得た」
レオニダスとともに出動する。その後ろから、真理がぎゅんっと追いかけてきた。
「えー! なんでなんで。ほっておけば敵が消えるのに?」
「…………」
自分を酷い目に遭わせた王国に対して、思うところが全くないと言えば嘘になる。しかしそれはあくまでもセシリア個人の問題だ。変えることのできない過去の事実でしかない。
「目の前で今、困っている人を見捨てることはできない……! それが、たとえ誰であっても!」
セシリアの決め事——それは後悔しないように生きることだ。困っている人がいると知りながら見過ごせば、それは必ず心に刺さる楔になる。あのとき助けられたのに、助けなかった、と。
レオニダスが獣化してセシリアを背に乗せ、ゴーレムたちを引き連れて駆け出した。
「もう! ほっておけばいいのに! お人好しすぎるんだから!」
真理が何度もセシリアに体当たりしてくる。実体のない精霊なので痛くもかゆくもないが——。
「ごめんね、真理。私のことを思っての言葉なのに、むげにしてしまって」
友人の善意を無視して己の行動を優先させてしまったこと、セシリアは素直に詫びた。真理はたった一人の相棒なのだから。
「別にいいけどさ。一人で決めないでよってことだよ」
真理は仲間外れにされたと感じているのだろう。
「ヤバいときは頼りにしているから」
「うん! めっちゃ頼りにして! この叡智の精霊様をね!」
(面倒くさいけど、本当にいい子なんだから)
ほどなくして、セシリアたちは奈落の森から離れた荒野へとたどり着いた。
「森の魔物が人間の気配に気づいて、外まで出てきたみたいだよ。翼竜だ」
視線の先には、翼の生えた竜が無数にいた。灰色の鱗、体長は二メートルほど。鋭い牙を持つ翼竜たちが、馬車に次々と襲いかかっていた。
「レオニダス、高く跳んで!」
たんっ、とレオニダスが脅威の跳躍力を見せた。何をするつもりかと問う間もなく、セシリアはゴーレムたちに命じた。
「みんな! 上から翼竜たちに飛びかかって!!」
たんたんっ、とゴーレムたちが次々と翼竜へ向けて跳躍する。土塊のゴーレムたちが、翼竜の体にまとわりついた。
「えいっ!」
続いてセシリアが聖女の魔力を放出する。すると翼竜の体に変化が生じた。次々と、翼竜たちの体が土塊へと変わっていく。
「周囲のものと調和させる聖女の魔力を使って、ゴーレムの体と翼竜の細胞を調和させた。その結果、敵が土へと変わったってわけだね!」
ぼろぼろと翼竜たちの体が崩れていく。これでかなりの数が減った。残りはレオニダス一人で対処できるだろう。




