27.
その後もピュアは驚くほどの食欲を見せた。多めに作っておいた謎肉シチューの残りを、一人ですべて平らげてしまったのだ。
「それだけお腹が空いていたんだね」
セシリアは同情の眼差しを白髪の女性に向けた。一方、レオニダスの疑念は深まるばかりだった。
(あのほっそりとした体の、どこにあれだけの量が入っているのだろうか)
科学の未発達なこの世界の者の目から見ても、ピュアの食べっぷりは異常に映った。真理の発言もあるし、何か普通でないものを感じた。しかしセシリアには告げないでおいた。余計な心配をさせたくなかったのだ。
(まあ、真理もさすがに、セシリアに危険が及ぶようなら言うだろうし……)
真理がこちらを見てにやにやしている(顔はないが)。セシリアの前でもその態度が変わらないということは、安全ではあるのだろう。
(しかし本当に何者なのだろう……)
「あ、ピュアさん。少し汚れているね」
食後、セシリアはピュアの髪を見てそう言った。長く白い髪はべたつき、ところどころ黒ずんでいた。
「お風呂に入ろうか」
「……?」
「お風呂、湯浴みのことだよ」
「……!」
こくんこくん、とピュアが何度もうなずく。レオニダスはどうしようか迷った。さすがに女湯に踏み込むわけにもいかない。
「……真理、後のことを任せてもいいか」
「ふははは、仕方ないなあ」
セシリアはピュアを連れて浴場へと移動し、その後ろから真理がふよふよとついていった。
浴場に着くと、ピュアは着ていた服を脱いで湯船へと近づいた。
「……!」
湯船を見て目を輝かせ、それからセシリアを見て小さく鳴いた。
「どうしたの?」
「とても良いお風呂、って言っているよ」
真理がピュアの言葉を通訳した。
「そっか! じゃあまず体と髪を洗おう!」
セシリアは特製石けんを使って、ピュアの体を丁寧に洗い始めた。肌に艶が戻っていく。続いて髪へと移ったのだが——。
「うわ……なにこれ……」
少し泡で擦っただけで、ヘドロのような汚れが流れ出てきたのだ。一度お湯で流してから再び洗っても、同じように黒いものが溢れ出てくる。
「見た目以上に汚れているみたいだね」
「まじか……!」
流れ出る泥を前に、普通であれば気持ちが折れるだろう。手もべたべたになり、生ゴミのような匂いも漂ってくる。しかしセシリアはひるまなかった。
「任せて、ピュアさん! 私が綺麗にしてあげるからね!」
調和の魔力を加えながら、根気強く髪を洗い続ける。周囲の清潔な部分と調和させるように、丁寧に、丁寧に。一度では落ちない。何度も繰り返し流していくうちに——次第に髪の色が変化し始めた。
濁った灰色から、少しずつ光が宿り始める。何度も洗い流した後、ぱあっ、と宝石のように髪が輝き出したのだ。夜空に浮かぶ星々のごとき清らかな光。
「ま、まぶしい……!」
目を開けていられないほどの光は、やがてどんどん大きくなっていく。光が形を変えていく。人から——そして——。
「え、えええっ……り、竜……!?」
そこにいたのは巨大な竜だった。白金の輝きを放つ、神々しい佇まいの竜だ。長い首、美しく流れるようなフォルム、大きな翼。白金の瞳がこちらを見つめている。
【礼を言います。人の子よ】
「!? な、なにこれ……頭の中に直接、女性の声が……?」
竜は微笑みながらこちらを見下ろしていた。脳内に響いた声は、目の前の竜が発したものらしかった。
「どうした!? 大丈夫か、セシリア!」
ばん、と扉が開いてレオニダスが駆け込んでくる。騒ぎを聞きつけ、セシリアの身に何かあったかと思ったのだろう。レオニダスもまた、目の前の白金に輝く竜に目を見開いた。
「おい、真理! この竜は一体何者だ!?」
すると真理が待ってましたとばかりに答えた。
「神聖白金竜さ」
「な……!? 神獣ではないか……!!」
神獣とは、神の力を与えられた聖なる獣のことだ。希少な存在であり、出会うだけで幸運をもたらすという瑞獣とされている。
「なぜ言わなかった!?」
レオニダスは知っている。神獣に粗相を働けば禍となって返ってくるという伝説を。
「言わない方が面白いでしょ?」
「まったく面白くない。何かあったらどう責任を取るつもりだったのだ!?」
真理はレオニダスを無視して続けた。
「奈落の森の瘴気を浴びてしまって、神としての力と格が落ちて困っていたみたいだよ。だから人の姿になっていたんだって」
瘴気の影響で本来の姿に戻れず、人の形をとっていたということらしい。
【そなたのもてなしのおかげで、妾は力を取り戻すことができた。礼を言う、聖女よ】
「! 気づいてたんだね……ですね」
慌てて言い直すセシリアを、ピュアは微笑んで許した。
【そなたの魔力がもてなしを通じて伝わってきた。その魔力によって穢れを払うことができた】
「ど、どうも……」
恐縮するセシリアの傍ら、ピュアはレオニダスにも頭を下げた。
【魔族の青年よ。そなたにも世話になった。土塊の人形から妾を守ってくれたこと、感謝する】
「い、いや……」
レオニダスは少し居心地が悪かった。ピュアを魔族、すなわち同胞と勘違いして助けた面もあったのだから。
【妾を魔族と間違えた件は不問にします】
「お、恐れ入ります……」
さて、とピュアがうなずく。
【穢れを落とすことができましたので、これにて失礼します】
ばさりと翼を広げ、ピュアが飛び上がった。露天だったことが幸いし、天井を破ることなく飛び立てた。
【この聖なる宿を、同胞たちにも広めておきましょう。さらば】
凄まじい速さで、神竜は去っていった。レオニダスが安堵の息をついた直後、はっと気づく。
「代金をもらっていないぞ、セシリア!」
かなりの量の食事を平らげ、浴場もべたべたになるまで使い込まれたのだ。これでただで帰られてしまえば、さすがに労力に見合わない——。
「ふふふん、愚かだねえ」
真理が嬉しそうにレオニダスをなじってくる。
「神獣が無銭飲食するはずないでしょ? ほら、流れたヘドロの中を見てごらん?」
洗い流された黒い汚れの中に、かすかに光るものがあった。レオニダスがしゃがみ込んで手に取ると——。
「!? これは……金……?」
黄金に輝く手のひら大の塊が、無数に沈んでいるではないか。
「白金の鱗だよ。途方もない値がつく。それがたっぷりと」
どうやらあの竜は代金として、自らの鱗を置いていったらしかった。
「やったね、セシリア! 大儲けだよ!」
「…………」
大金が転がり込んできたというのに、セシリアは無反応だった。レオニダスが肩に触れると——。
「……ぐぅ」
魔力を使いすぎて、眠り込んでしまったようだった。この状況でも安らかに眠れる精神の強さ。満足そうなその寝顔を見て、レオニダスは静かにつぶやいた。
「君は大した女将さんだよ」




