26.
レオニダスは救出した女性をあらためて見た。白銀の長い髪をした、美しい女性だ。肌は白く、ほっそりとした体型。伏しがちな目と相まって、儚げな印象を与える。
レオニダスはさらに彼女の腕に目を向けた。二の腕のあたりに、白い鱗のようなものが見て取れる。人間ではない、エルフやドワーフのような亜人種でもないだろう。獣人とも思われたが、鱗をまとう獣人など聞いたことがない。
残る可能性は一つだ。人の姿をしながらも、魔の特徴を残す者——。
「魔族だろう、君も」
「…………きゅ」
女性が小さくつぶやいた。レオニダスの言葉を肯定したのか、ただ声に反応しただけなのか、判然としない。
「人語を話せないのか?」
「…………きゅう」
魔族とは、フェンリルやドラゴンといった強大な魔物を祖先に持つ一族のことだ。
「まれにいる。君や俺のように、強い先祖の血を色濃く受け継ぎながら、それを扱うだけの技量がなく、体のどこかに機能不全を来してしまう者が」
レオニダス自身もそうだった。祖先であるフェンリルの血が強すぎるために、魔物の姿から戻れなくなっていたのだ。セシリアの調和の魔力のおかげで魔力制御が改善し、今は人の姿に戻れている。
「大丈夫だ。俺も魔族だ。力になれると思う」
「…………」
魔族特有の部分獣化を見せたとはいえ、目の前の男をすぐに信じられるはずもない。女性はすっ、と自分の腹を抱えるような動作を見せた。
(言葉を重ねても難しいか……。さて、どうしたものか)
女性は明らかに衰弱していた。このまま放置するわけにはいかない。しかし相手はこちらを警戒している。手を貸したくても、容易には近づけなかった。
そのときだった。
「レオニダス!」
ぱたぱたと、セシリアが駆けてくるではないか。
(そうか。ゴーレムが倒されたのだし、これだけ騒ぎになれば当然か……)
できれば彼女が来る前に自分で解決しておきたかった。頼りっぱなしだからだ。しかしどうにもならなかったのもまた事実だった。
女性は人間の少女の登場に、びくっと体をこわばらせ、さらに身を縮めて身を守ろうとした。
「何かあったの? 大丈夫?」
「ああ、実は……」
レオニダスはこれまでの経緯を簡潔に説明した。
「なるほど……魔族さんね」
セシリアはすでに魔族に対して忌避感を持っていない。ごく自然に、女性に話しかけた。
「初めまして! 私はセシリア」
「…………」
やはり警戒が強いようだった。しかしセシリアは気にせず、笑顔で言う。
「お腹は空いていない? よかったら、うちに来ない?」
「…………」
屈託のない笑みを浮かべるセシリアへ、女性は差し伸べられた手を、素直に取った。
レオニダスは目を見開いた。
(俺と同じ提案をしているはずなのに……どうして……)
「まあ、同性というのもあるだろうけど、君の場合、少し上から目線で怖く見えたんだろうね」
真理がレオニダスの耳元で、彼にだけ聞こえるようにひそやかに言った。
「……上から目線だっただろうか」
「うん。助けてやろう、みたいな雰囲気がね。まあしょうがないよ。背も高いし、ゴーレムを一撃で倒してみせたんだもん」
(確かに……不要な恐怖心を抱かせてしまったのか……申し訳ない)
一方セシリアは小柄で明るく、だからこそ女性が警戒を解いたのだろうと思われた。
「ま、それだけじゃないんだけどねえ」
「それだけじゃない?」
「おっと、これは秘密。真理から情報を引き出すには、もう少し親密度が必要かなあ」
(なんと鬱陶しい精霊だ……)
どうやら真理には、自分には見えていない情報があるらしい。教える気はないようだ。不利になることではないだろうとは思うが、今は追及よりも目の前の女性を何とかする方が先決だ。
セシリアは女性の手を引き、魔王城へと向かった。歩きながら尋ねる。
「お名前は……?」
「ピュア……」
「ピュアさんね!」
「…………」
ピュアは何か言いたげだったが、それ以上は口を開かなかった。
セシリアたちは厨房へとやってきた。マコたちに出したものと同じ料理をピュアの前に置く。きょとんとした顔でセシリアを見る——食べて良いのか、とでも言いたげな視線だった。
「はい、どうぞっ」
ピュアはしばし戸惑いを見せた。皿に鼻を近づけると、ちろりと舌でスープを舐め——気に入ったのか、そのまま勢いよく食べ始めた。
「お美味しい?」
「きゅ!」
「それは良かった! たんとお食べ」
セシリアのピュアへの接し方は、幼い子供に向けるそれと同じだった。ピュアの見た目はもう少し年上で、魔族なら実年齢はセシリアを超えている可能性もある。それでもピュアは気にする様子もなく、セシリアの出すものを無警戒に口に運んでいた。
(先ほどまであった俺への警戒心とは打って変わった態度だ。いったいセシリアの何を気に入ったというのか……)
レオニダスは魔族であり、同胞のはずだ。にもかかわらず、人間であるセシリアの方を気に入っているのが、少し解せなかった。
「ふふん、それも当然だよワトソンくん」
真理がにやにやと近づいてくる(表情はないが)。
「わと……なんだって?」
「君の推理は的外れってことさ」
「……つまり、ピュアは魔族ではないと?」
「そゆこと」
魔族ではない。ならばこの白い鱗を持つ女性は一体何者なのか。レオニダスには心当たりが全くなかった。それが真理には嬉しいらしい。
「いやあ、どのタイミングで教えようかなあ。無知なる者に知識を披露するの、楽しいんだよねえ」
(……性格の悪い精霊だ)




