25.
一方、レオニダスは夜風に当たっていた。
場所は魔王城の屋根。魔族としての身体能力を活かし、ひと跳びでたどり着いたのだ。
「ふぅ……」
「何を黄昏れているんだい、夜だけども」
「真理……」
叡智の精霊・真理が、ふよふよと近づいてきた。
「セシリアのそばにいたのではないのか?」
「彼女はぐっすり眠っているよ。真理さんは周囲を見張るお仕事さ」
(セシリアは真理を怠惰な精霊と言っていたが、俺には律儀な人物に思えるのだが)
セシリアが勇者ナハトに討たれてから三十年もの間、傍に付き添い続けていたのだ。目覚めた後も何かと知恵を貸している。態度こそ気ままだが、思いのほか義理堅い精霊に見えた。
「それで、君はなぜここに?」
「真理と同じさ。警戒だよ」
「それだけじゃないんじゃない?」
「……さすが、叡智の精霊だ」
「叡智ですから」
何が叡智なのかはさておき。レオニダスがここにいるのは、セシリアの身辺を守るためでもあったが、一人で考えを整理したい理由もあった。
「自分が足手まといだと考えているんでしょ」
「……その通りだ」
(この精霊には隠し事が通じない……本当に恐ろしい)
「今回お客様が来たことで、ホテル営業において、俺がいかに役に立てていないかを痛感させられた」
「言い過ぎじゃない? 準備はちゃんと手伝ったでしょ」
「ありがとう。しかし俺にできたのは準備を手伝うことだけだ。実際の営業では、セシリアがほぼすべてを一人でこなしていたと言っていい」
料理も、その他のもてなしも、すべてセシリアとゴーレムたちが担い、自分の出る幕は一切なかった。足を引っ張ったとまでは言えないが、役に立てなかったことは否定できない。
「考えすぎでしょ。セシリアはそんなこと言わないよ」
「わかっている。だからこそ……悔しいのだ」
レオニダスはセシリアに命を救われた身だ。それに報いるためには、彼女の力にならなければならない。
「命を救ってもらいながら、何も恩返しできないのは、俺には耐えられない」
「律儀だね君。助けてもらえてラッキー、でもいいのに。セシリアだって、君に重い義務を負わせたいとは思っていないだろうし」
やりたいことをやっただけだとレオニダス自身も理解している。あくまで、自分が耐えられない、自分の性分の問題だった。
「俺は彼女のために、もっと何かしたい」
「ふぅん……ん?」
そのときだった。真理がある方角に目を向けた。
「レオニダス。ホテルの近くに人の気配がする」
「……!」
レオニダスは足だけを部分獣化させ、真理の示した方向へと即座に跳躍した。
「ちょ……行動が速すぎるって……!」
真理が後を追う。レオニダスは宙を駆け、現場へと急いだ。どのような人物が近づいているのか、いかなる状況なのか、何もわからぬまま飛び出したのだ。真理が焦るのも無理はなかった。
レオニダスは耳を澄まして気配を探った。夜の闇の中に、確かに人の気配がある。
セシリアのゴーレムの前に、人影があった。女性らしいとわかる。
……そして、レオニダスはすぐに気づいた。自分と同じ気配を纏っていることに。
女性は震えながら、ゴーレムの前に立っていた。ゴーレムが彼女を敵と認定したのだろう。事情を察しているだけに、レオニダスは無理もないと思った。しかし攻撃させるわけにはいかない。
レオニダスはすかさずゴーレムの前に立ちはだかった。
「やめるんだ……!」
しかし既に、ゴーレムは攻撃動作に移っていた。巨腕が振り下ろされる。レオニダスはガードではなく回避を選んだ。女性を抱きかかえ、その場から大きく跳躍して距離を取る。
「大丈夫か?」
「…………」
女性は答えなかった。警戒しているのか、あるいは別の理由で言葉が出ないのかもしれない。いずれにせよ、警戒を解かせなければならない。
「大丈夫だ。俺も……お前と同じだ」
「!?」
女性が目を見開いた。レオニダスと同じ、すなわち魔族だということだ。ゴーレムが反応したのも当然だった。魔族は人類の敵として知られているのだから。
ゴーレムが再び排除しようと動き出す。しかしレオニダスは、魔族の王族としての務めを果たそうとした。
(同胞は……守る)
片腕を獣化させる。相手はセシリアの作った強力なゴーレムだ。地面には隕石でも落ちたかのような大穴が空いている。あの一撃をまともに受ければ命はないだろう。
「下がっていろ」
女性にそう告げると、レオニダスは走り出した。ゴーレムの一撃をかわし、カウンターの一撃を放つ。ざしゅっ……という音とともに、レオニダスの腕がゴーレムの胸を貫いた。
ぼとぼと……と音を立てながら、ゴーレムが崩れ落ちていった。
「土塊で作られたゴーレムでよかった……」
鉄のゴーレムだったら、さしものレオニダスでも危うかっただろう。それほど本気の一撃を込めた、それほどのゴーレムだったのだ。




