24.
一方、セシリアは自分の部屋にいた。
「ふぅうううう……」
今日の仕事がひと通り終わり、部屋へ戻るとベッドに倒れ込んだ。深く安堵の息をつく。
「なんとかなったあ……」
「疲れた、じゃないんだねえ」
ふわふわと精霊・真理が近づいて尋ねてくる。調べればすぐわかるはずだ。セシリアは確かに疲労を感じているが、それ以上に心が満たされていることに。
「まあ疲れてはいるけどさ。でも……よく働いたなあって!」
(勇者パーティにいた頃には、絶対に感じなかったな……この仕事の後の充足感)
前世のときも同じことが言えた。
「まあ、やりたいことができているからだろうね」
「それだ!」
前世の仕事も、勇者の補佐も、どちらもセシリアが望んでやったことではなかった。前者は生きるために仕方なく、後者は使命として仕方なく、やっていただけだ。
自分の意志で選んだ仕事は、今回が初めてだった。なるほど、とセシリアは得心したようにうなずいた。
「そっかあ……自分で選んだ仕事をやると、こんなに清々しい疲労感を覚えるものなんだね!」
やらされるのではなく、やりたいからやる。その結果として、こんなにも充実感が生まれる。新たな発見だった。
(これからも、やりたいと思ったその心に従うぞ……!)
「まあ穴は結構あったけどねえ」
真理が意地悪そうに言う。
「穴?」
「あり得ないほど凄い魔道具の連続。謎に美味しい料理。入ると何故か美しくなる温泉。これが冒険者じゃなくて学者相手だったら、突っ込みの嵐だったろうね」
「ぐ……」
(確かに突っ込みどころは多かったけど。相手が大らかだったから助かったところはある……)
「まあ彼らなりの処世術だろうね。君子危うきに近づかず、ってやつさ」
「なるほど……。さすが叡智の精霊、お詳しい」
「ふふん、もっと褒めるがいいよ!」
今回はなんとかなった。しかし今後は大丈夫だろうか。
「この形式でやっていく以上、その問題はついて回るだろうね」
「うーん……難しいな」
有名になるほど客は増えるが、それはホテルの秘密が多くの目に触れることでもある。
「記憶を消すなんてわけにもいかないし。マコさんたちみたいな寛容な方が毎回来てくれることを祈るしかないかな」
「一番良いのは権力者に後ろ盾になってもらうことだけど……そこはこちらでコントロールできることじゃないから、お祈りするしかないでしょ」
「だよねえ……」
(都合よく優しい権力者が来てくれないかなあ。まあ、ない物ねだりしても仕方ないか)
現状、真理の力を借りれば相手の素性や、どの程度こちらを疑っているかを調べることができる。真理に頼りつつ、うまくやっていくしかない。
「ま、先のことを今あれこれ考えても仕方ない。来た球を上手く打ち返していけばいいさ」
「そうだね。これからも頼りにしてるよ、真理」
「ふははは、ワガハイを頼り給え!」
頼りにされて嬉しいらしく、真理が得意げに明滅した。セシリアはうとうとしながらも、はっと気づく。
「い、いけない……お客様が夜に呼び出しにくるかもしれないし、寝ちゃいけないよね……」
「まあそこは大丈夫でしょ。真理さんがおりますがな」
精霊には肉体がないため、睡眠が必要ない。真理に任せることに若干の不安を覚えながらも、ずっと起きているのは無理だ。
「ちゃんと起こしてよ?」
「大丈夫大丈夫。今頃お客様は、それどころじゃないから。こっちに何も来ないって」
「? どういうこと?」
ふふん、と真理が答える。お香の薬草がリラックス効果をもたらし、長年の感情が解き放たれた結果、ケンとマコの間で良い雰囲気になっているらしかった。
「え……!? 聞いてない……!」
「セシリアが用意した薬草あるじゃん? リラックスするようにって」
「だからってなんでそうなるのよっ!」
「心の緊張がほぐれた結果、ずっと抑えていた気持ちが出てしまったみたいだよ。そこから盛り上がって今に至る的な」
「ええー……」
(まあホテルというのはそういう用途でも使われるものだし、前世でも普通のことではあったけれど)
「でも、この薬草を摘んでお香にしたらってアドバイスしたのは真理じゃないの。こうなるの予測してたの?」
「いや? よく眠れるようにと思って。まさかこんな副次的効果があるとは。予想外だわあ」
(……叡智の精霊が聞いて呆れるよ。何が予想外なのよ、もう)




