表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/53

23.

風邪でダウンしてました。申し訳ありません



 セシリアの作った温泉に浸かり、女冒険者マコの外見はすっかり変貌していた。


 長い旅で荒れていた肌も、くたびれていた髪も、まるで宝石のように美しく輝いているではないか。一夜にして——いや、ひと風呂浴びただけで、これほどの変化が訪れる。しかも誰でも、分け隔てなく。


 マコは風呂から上がって、リーダーであるケンのもとを訪ねた。


「ケン、少しよろしいですか」


「おう、どうした?」


 むっ、とマコが頬を膨らませる。


(なにさ……ちょっとはリアクションというものがあるでしょうが)


 入浴前後でマコの外見はかなり変化していた。綺麗になったね、とか、見違えたね、とか。そういった言葉をケンに期待していたのだ。


「少し話があっただけですっ」


「そうか。まあ入れよ」


 マコは小さく息をついて気持ちを落ち着かせてから中に入った。後ろのケンを意識し、自分が薄着であることも意識してしまう。しかし——。


 ケンはひょいっとマコを追い越してベッドに腰を下ろした。


「なんだよ?」


(この……はあ……)


 マコがケンの隣に座る。


「お風呂に入ってきました。やはり、風呂場も特別な仕様になっていましたよ」


「ほぉん」


 浴場で起きた不思議な出来事を、ケンにも共有しておく。これはパーティ内だけで片付けられる話ではなかった。かといってマコ個人で抱えられる問題でもとっくになかった。だからマコはケンに判断を委ねることにしたのだ。


「入ると美しくなる風呂かぁ……」


 じろじろ、とケンがマコを見た。


「な、なんですか……」


「まあ、風呂なんぞに入らなくても、マコは元から綺麗だしな」


「!?」


(な、な……なんですって……? 元から……って……)


 もしや、とマコが口を開く。


「……前から、綺麗だと思っていたんですか? 私のこと」


「? 当たり前だろ。何言ってんだよ」


「そんなこと……一言も言ったことないじゃないですかっ!」


「言うまでもないかと思って」


「い、言わなければ伝わらないでしょう……全く、もう……」


(あれ……なんだろう……嬉しすぎる……)


 ふにゃふにゃとほころぶ頬を押さえるマコをよそに、ケンが続けた。


「まあ正直、このホテル・リライトにあるものは全部すごいよ。貴族が知ったら大変なことになるだろうな。国が知れば、王女様が来るかもしれない」


「ですよね。私たちは第七王女様とも繋がりがありますし……」


 黄昏の竜はSランクパーティであると同時に、この国の王女とのつながりもある。今回の森の調査を依頼してきたのも、他ならぬ彼女だった。


「まあ、森の件だけ報告すればいいんじゃないか?」


「……それは、ホテルのことは黙っておくということですか?」


「そりゃそうだ。依頼はあくまで森の中の調査だからな」


 ホテルは森の外に建っており、調査の範疇外だ——ケンはそう主張しようとしているのだった。


「詭弁でしょう、それ」


「そりゃね。でも嘘をつくわけにもいかない」


 虚偽の報告をすれば不敬罪は免れない。しかし正直に話せば、このパーティにもホテルにも迷惑がかかる。


「貴族連中に引っ張り出されて、あれこれ聞き回られたり、変な陰謀に仲間を巻き込むわけにはいかない。だから、ホテルの件は口にしない」


 事なかれ主義と言われればそうかもしれない。しかしその根底には、仲間への思いがある。


「……仲間たちを大切に思っているから、ですか?」


「? 何すねてんだよ」


 リーダーとしては立派な判断だ。けれどマコが望んでいたのは、彼からのただ一つの言葉だった。「おまえが大事だから」と、たとえ照れ隠しでもいいから言ってほしかったのだ。


 いつもならここで「もう知らない」と出て行っていただろう。でも今日は、なぜだか心が穏やかだった。沸きかけた頭が、すっと冷静になっていく。体から無駄な力が抜けていく。


「……私のことは大切じゃないの? ケン」


 そんな言葉が、するりと口から出てしまった。自分でも驚いていた。普段なら絶対に言えないのに、どうして——。


 良い香りがこの部屋には漂っている。


(媚薬……? いや、違う。体がほぐれるような、安らぎを与えるような何か……お香、かしら)


「? おまえのこと大切に決まってるだろ」


「……仲間として? それとも……女性として?」


(な、何を私は言っているの……!)


 そう思いながらも、訂正する気にはなれなかった。彼のリアクションが、答えが気になったからだ。


「……あー、まあ、その、あれだ」


 ケンはマコの体を、静かにぎゅっと抱きしめた。言葉よりも、ずっとよくわかった。どきどきと、ケンの心臓が強く高鳴っているのが伝わってきたのだ。


(ケンったら……緊張してる……?)


「察しろ、馬鹿」


「ケン……馬鹿は、そっちでしょ……こっちの気持ちも知らないで……」


 二人は少しだけ言い合った後、はにかみながら笑い、そっと唇を重ねた。


 マコは思った。


(このホテルに泊まったおかげで……長年の恋が叶ったわ……ありがとう、女将さん……明日絶対にお礼を言うからね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ