23.
風邪でダウンしてました。申し訳ありません
セシリアの作った温泉に浸かり、女冒険者マコの外見はすっかり変貌していた。
長い旅で荒れていた肌も、くたびれていた髪も、まるで宝石のように美しく輝いているではないか。一夜にして——いや、ひと風呂浴びただけで、これほどの変化が訪れる。しかも誰でも、分け隔てなく。
マコは風呂から上がって、リーダーであるケンのもとを訪ねた。
「ケン、少しよろしいですか」
「おう、どうした?」
むっ、とマコが頬を膨らませる。
(なにさ……ちょっとはリアクションというものがあるでしょうが)
入浴前後でマコの外見はかなり変化していた。綺麗になったね、とか、見違えたね、とか。そういった言葉をケンに期待していたのだ。
「少し話があっただけですっ」
「そうか。まあ入れよ」
マコは小さく息をついて気持ちを落ち着かせてから中に入った。後ろのケンを意識し、自分が薄着であることも意識してしまう。しかし——。
ケンはひょいっとマコを追い越してベッドに腰を下ろした。
「なんだよ?」
(この……はあ……)
マコがケンの隣に座る。
「お風呂に入ってきました。やはり、風呂場も特別な仕様になっていましたよ」
「ほぉん」
浴場で起きた不思議な出来事を、ケンにも共有しておく。これはパーティ内だけで片付けられる話ではなかった。かといってマコ個人で抱えられる問題でもとっくになかった。だからマコはケンに判断を委ねることにしたのだ。
「入ると美しくなる風呂かぁ……」
じろじろ、とケンがマコを見た。
「な、なんですか……」
「まあ、風呂なんぞに入らなくても、マコは元から綺麗だしな」
「!?」
(な、な……なんですって……? 元から……って……)
もしや、とマコが口を開く。
「……前から、綺麗だと思っていたんですか? 私のこと」
「? 当たり前だろ。何言ってんだよ」
「そんなこと……一言も言ったことないじゃないですかっ!」
「言うまでもないかと思って」
「い、言わなければ伝わらないでしょう……全く、もう……」
(あれ……なんだろう……嬉しすぎる……)
ふにゃふにゃとほころぶ頬を押さえるマコをよそに、ケンが続けた。
「まあ正直、このホテル・リライトにあるものは全部すごいよ。貴族が知ったら大変なことになるだろうな。国が知れば、王女様が来るかもしれない」
「ですよね。私たちは第七王女様とも繋がりがありますし……」
黄昏の竜はSランクパーティであると同時に、この国の王女とのつながりもある。今回の森の調査を依頼してきたのも、他ならぬ彼女だった。
「まあ、森の件だけ報告すればいいんじゃないか?」
「……それは、ホテルのことは黙っておくということですか?」
「そりゃそうだ。依頼はあくまで森の中の調査だからな」
ホテルは森の外に建っており、調査の範疇外だ——ケンはそう主張しようとしているのだった。
「詭弁でしょう、それ」
「そりゃね。でも嘘をつくわけにもいかない」
虚偽の報告をすれば不敬罪は免れない。しかし正直に話せば、このパーティにもホテルにも迷惑がかかる。
「貴族連中に引っ張り出されて、あれこれ聞き回られたり、変な陰謀に仲間を巻き込むわけにはいかない。だから、ホテルの件は口にしない」
事なかれ主義と言われればそうかもしれない。しかしその根底には、仲間への思いがある。
「……仲間たちを大切に思っているから、ですか?」
「? 何すねてんだよ」
リーダーとしては立派な判断だ。けれどマコが望んでいたのは、彼からのただ一つの言葉だった。「おまえが大事だから」と、たとえ照れ隠しでもいいから言ってほしかったのだ。
いつもならここで「もう知らない」と出て行っていただろう。でも今日は、なぜだか心が穏やかだった。沸きかけた頭が、すっと冷静になっていく。体から無駄な力が抜けていく。
「……私のことは大切じゃないの? ケン」
そんな言葉が、するりと口から出てしまった。自分でも驚いていた。普段なら絶対に言えないのに、どうして——。
良い香りがこの部屋には漂っている。
(媚薬……? いや、違う。体がほぐれるような、安らぎを与えるような何か……お香、かしら)
「? おまえのこと大切に決まってるだろ」
「……仲間として? それとも……女性として?」
(な、何を私は言っているの……!)
そう思いながらも、訂正する気にはなれなかった。彼のリアクションが、答えが気になったからだ。
「……あー、まあ、その、あれだ」
ケンはマコの体を、静かにぎゅっと抱きしめた。言葉よりも、ずっとよくわかった。どきどきと、ケンの心臓が強く高鳴っているのが伝わってきたのだ。
(ケンったら……緊張してる……?)
「察しろ、馬鹿」
「ケン……馬鹿は、そっちでしょ……こっちの気持ちも知らないで……」
二人は少しだけ言い合った後、はにかみながら笑い、そっと唇を重ねた。
マコは思った。
(このホテルに泊まったおかげで……長年の恋が叶ったわ……ありがとう、女将さん……明日絶対にお礼を言うからね)




