21.
(とりあえずお風呂が一つしかないのは、今後の課題ということで……)
まさかこれほど早くお客様が来るとは想像もしていなかったため、浴室の整備が一つ分しか追いついていなかったのだ。
マコが仲間たちに「先にお風呂をいただいてもいいですか?」と尋ね、了承を得た。セシリアが「どうぞごゆっくり」と退こうとすると——。
「まあまあ」
がし、とマコがセシリアの手をつかんだ。
「女将さんも一緒に入りましょうよ」
「え、えー……それはちょっと……女将ですし」
「いいから、いいから! 女同士、水入らずで!」
(うーん……あまりプライベートな話はしたくないのだけれど……)
ここが魔王城であることや、三十年前の世界からやってきた聖女であることなど、セシリアには人には言えない秘密がいくつもある。それらが露見する契機は、できることなら作りたくない。
しかし、お客様に満足していただきたいという気持ちもある。一緒に入ってほしいと望んでいるのなら、それに応えるのが女将の務めだ。
(サービスの悪い宿と思われたくないからね!)
「わかりました」
「やったっ! さ、ケンたちは外に出て出て」
マコはケンたちの背中を押して脱衣所の外へ追いやった。残った女性二人は、入浴の準備を始める。
セシリアが粗末なワンピースを脱ぐと、マコがじっとその様子を見ていた。
「あの……何かございますか?」
「あ、ごめんなさい! 女将さんのお肌、綺麗だなと思って」
「そ、そうでしょうか……」
自分では特に意識したことがなかった。一方でセシリアがマコの肌に目をやると——。
(切り傷や擦り傷がたくさんある……冒険者というのは、大変なお仕事だ……)
男性冒険者はさほど気にしないかもしれないが、女性としては傷が気になるものだろう。だから、マコは袖の長い服やローブを身につけているのかもしれない。
「女将さん、何か美容に気を遣っていたりしますか……?」
「いえ、特には……」
「うーん……気になるわ。肌が白くてすべすべしすぎているような気がして……あ、失礼」
ぱっとマコがセシリアの腕を放した。
(自分の肌と比べているのかもしれない。普段大変な思いをしているのだから、温泉でゆっくり癒してほしい)
二人で浴室へ向かった。狭いながらも、清掃が行き届いている。
「わあ……綺麗にしてありますね!」
以前はぬめりや黒かびで見るも無惨だった浴室を、セシリア特製の石けんで隅々まで磨き上げていたのだ。湯船からは清潔なお湯が絶えず流れ出ていた。
「公衆浴場って、手入れが行き届いていなくてぬめっているところが多いのに……ここは凄いですね!」
「ありがとうございます。リノベしたばかりですので」
「それにしてもこの清潔さは本当に助かります……」
マコが木桶でお湯を掬って頭上からかけた。ざばあ……という音とともに、森で積もった汚れや疲れが流れ落ちていく。
「あの、石けんをお使いになりますか?」
「は!? 石けん!? そんな高価なものが……?」
「はい、自家製ですが」
レオニダスが最初に驚いたように、この世界では石けんは高級品だ。それが誰でも使えるように置いてあることに、マコは目を丸くした。
「後から追加料金を請求されたりしませんよね……?」
「大丈夫ですよ。遠慮なくお使いください」
困惑しながらも、マコは石けんを手に取って泡立てた。
「すぅ……はぁ……。良い香り……なにこれ……とても爽やかな……」
石けんに混ぜた香草の香りに、マコがうっとりとしながら体を洗っていく。セシリアは「お背中を流しますね」と、スポンジで泡立てて背中を洗い始めた。
しゃこしゃこ……という音とともに——すうっ、と。
「あ、あれ……?」
「どうかしましたか?」
「な、なんか……傷が……傷跡が治っていくような……」
「え!?」
マコだけでなく、セシリアも驚きを隠せなかった。石けんで洗ったマコの肌が、みるみる変化しているではないか。単に汚れが落ちたというだけではない。体のあちこちにあった生傷や古傷が、石けんでこするたびに消えていくのだ。
「ど、どうなっているの!?」
「え、えっとぉ……」
(わからないよー! 真理!)
自分でやったこととはいえ、想定以上の結果に戸惑っていると、天からふよふよと叡智の精霊が降りてきた。
「お困りのようだね。ふむ……石けんに含まれる調和の魔力が効果を発揮しているようだよ」
真理によれば、石けん水に含まれる調和の力によって、傷ついた細胞が周囲の正常な細胞と調和を取り、本来の状態へと戻っているらしかった。聖女の魔力は治癒魔法の源泉。治癒に通じる美容の力が、セシリアの作った石けんにも込められていたようだった。
「えっと……傷にも効くようです……」
「そんな石けん、聞いたことがないんだけど!?」
「あ、あはは……私も……」
「なんで女将さんまで同意するのよー!」




