02.
冷たく湿った風が、荒れ果てた玉座の間を吹き抜けていく。
セシリアは呆然とつぶやく。
「私は……死んで三十年後の世界に転生したってこと……?」
真理はふるふる、と身体を横に震う。
「未来の世界で目を覚ましていたって感じかな。その間、君はコールドスリープしてたんだよ」
「一体誰が……なんのために……?」
「そこはわからないね」
あっけらかんと言う真理に対して、セシリアはため息をつく。
「また、いつものめんどくさがりね」
「うん! ボクめんどくさいの嫌いだし。過去は見ない、常に前を見る精霊だからさ!」
(適当すぎる……)
真理には、世界の情報を読み解く、叡智の力を持つ。
世界に秘められし情報というのは、かなりの量があるらしい。
それを探し出し、読み取るのも、一苦労。
真理という精霊は、そういった非常に面倒なことを後回し、先延ばしにする精霊なのだ。
「ナハトじゃないのは確かだよ」
「だろうね……」
(誰かが私の死体を冷凍保存し、この魔王城に安置してくれていた……。で、冷凍が溶けて目覚めたってこと……?)
セシリアは胸に手を置いてみる。
ナハトにつけられた傷は綺麗さっぱりなくなっていた。
(傷も綺麗に治癒されているわ……。あの聖剣、刺した相手を絶対に殺すように設計してあったのに……)
わからないことが多すぎたが、そこに思いを巡らせても、答えはでなさそうだった。
答えを導く精霊も、面倒くさがって、こちらの欲しい情報をくれない。
(30年後の世界で、目覚めたこと。これだけはわかった。……じゃあ、これからどうしよう……)
魔王討伐の旅に同行していた、セシリア。
魔王はすでに倒したのだから、彼女のお役目は終わった。
さらに、討伐の件は30年前、過去の出来事。
今更死んだ人間がのこのこと顔を出したら、おそらく周りは驚くし、疑うことだろう。
聖女セシリアを騙る謎の人物扱されるのが関の山だ。
(それに、ナハトのもとに帰るつもりもないし、ナハトに見つかるわけにもいかないな)
魔王討伐の手柄を、彼は独り占めしようとしていた。
現に、魔王にとどめを刺せたのは、セシリアの作った魔道具・聖剣があったからこそ。
その事実は、ナハトが絶対に隠したいはずだ。
「一人で考え込まないでよ、セシリアっ」
「……そうね。ねえ、これからどうすれば良いと思う? 真理?」
「それは、自分で決めることだね」
(役に立たないなぁ……)
まあ、自分のことを知ってる誰かが居るだけ、マシと言える。
「ここ、人っていないのかな? 魔族の残党とか」
「いないねー。みーんな居なくなっちゃった。廃墟だよ」
「そっか……なら、しばらくここを拠点にしようかな」
(ナハトからしても、ここはあんまり来たくない場所だろうし)
自分の力だけで魔王を倒せなかったという、苦い思い出の地に、誰が帰ってきたがるか。
「真理。この魔王城の現状を教えて」
「OK~」
魔王城は現在、2階建てになっている。
勇者との戦いと、経年劣化が酷く、そうなってしまったようだ。
「天井や壁には穴ぼこたくさん。寝具もまあ置いてあるっけどボロボロ。虫もわいてるし、とても住めたもんじゃあないね。ほぼ野宿と同義だよ!」
(予想はしてたけど、ホントに廃墟なのね……)
「城下町の様子は? 確か、魔王城の周りにも魔族が住んでいる場所なかった?」
「はっはっは、ここ以外は更地だよ。ナハトがぶっ壊していったじゃん?」
(そういえばそうだった……)
ナハトは反・魔族思想が強い男だった。
魔王を倒した後、逃げ惑う魔族相手に弱い物いじめをしていたのだろう。
結果、城下町は更地になってしまった……と。
(魔王城は特別に頑丈だったから残っているだけで、他は更地。やっぱりここを拠点にするしかないか)
さすがに女一人で、ずっと野宿というわけにはいかなかった。
「まずは住環境を整えることをお勧めするよ」
「そうね」
(ナハトは、スキル無しの聖女に、何もできないって言うところだろうなぁ)
たとえば、「建築」、「修繕」といった技能があれば、それを発動すれば一発で、モノを直すことができる。
ゼロからモノを作る「創造」なんて技能も存在する。
技能は、あらゆる不可能を、一夜にして可能にしてみせる。
セシリアの場合は、確かに技能はない。
しかし彼女には、二つの武器がある。
一つは、聖女の膨大な魔力。
そして、魔道具作りのノウハウ。
「真理。近くに魔力を通しやすい金属や、鉱物ってない?」
「それなら、そこに落ちてる魔王の玉座を使うと良いよ。魔鉱石でできてるからね」
放置された玉座は、薄青色にわずかに発光してるのがわかった。
魔鉱石、魔力をためておける、いわば電池のようなものだ。
セシリアは玉座を「ごめんなさい」といいながら、地面にたたきつける。
がしゃん、という音とともに、玉座が粉々に砕け散った。
ガラスの破片のようなそれを、セシリアは一つ手に取る。
「外に行くわ」
セシリアは真理と共に城のそとへ移動。
「…………」
(30年前よりも、荒廃が進んでるわね……)
城以外になにもなく、「荒野」という文字がぴったりな場所がどこまでも広がっていた。
けれど、地面は……ある。
セシリアは手に土を持って、粘土細工の要領で、大きな塊をいくつも作っていく。
土で作った大きな人形。
その表面に、セシリアは指を立て、模様を描いていく。
「魔力回路を書いてるんだね。魔道具を作ろうとしてるんでしょ?」
「その通り」
魔道具。
魔法が使えない人が使おうとも、魔法のごとき力を発揮する道具のことだ。
たとえば、魔法コンロ。
現実にあるコンロのように、つまみをひねるだけで、発火の魔法が発動する。
魔道具作りに必要なのは、大きく二つ。
動力と、回路だ。
この世界の魔法は、魔法使いが魔力を消費すると発動する……。
それ以外にも、「魔力回路」と呼ばれる、特別な模様に、魔力を流すことでも魔法が発動する。
いにしえの魔法使い達が「魔法陣」と読んだものが、それだ。
ようするに、魔道具というのは、道具に魔法陣を描いて発動させる、古典的魔法を応用したものと言える。
ただし、通常の魔法陣は円形を基本としてる。
円は、最も安定して、魔法を発動させやすい形だからだ。
しかし平坦な地面と違い、道具に綺麗な円を描くのはとても難しい。
そこをどうするのかが……魔道具師の腕にかかっている。
セシリアは土人形に、魔力回路を描いていく。
人形全体に円を描くのではない。
関節部分となるところに、小さな円をいくつも描いて、その間を線で結ぶ。
それをもって、大きな円を描いて見せた。
「凡百の魔道具師は、道具全体に大きな円を描こうと馬鹿なことをするけど。セシリアは違う。円をいくつも作ってそれを繋げることで安定化させる。くぅ、やっぱり君の魔道具作りが一番すごいよ!」
「叡智の精霊に言ってもらえると光栄だなぁ~」
全然光栄と思っていないのが、声から伝わったらしい、真理はセシリアの頭をつんつんと叩く。
「もっと喜んでよ!」
「叡智の精霊さんが、その力を発揮して見せたらね」
「もー!」
魔力回路(※魔法陣)を書き終えた。
続いて、セシリアは、玉座を破壊して作った、魔鉱石を手に取る。
そして、鉱石に思い切り、自分の魔力を流した。
それは最初薄青色だったのだが、綺麗な黄金へと色を変える。
魔鉱石は、込められた魔力量に応じて色を変える。
黄金は、マックスまで魔力をためた証だ。
「変色させるほどの高濃度な魔力。ここまでの魔力を出力できる君の手腕、そして内包する体内魔力量は、さすがだね!」
ただの人間がこれに魔力を込めようとしたら、10年掛かっても無理だろう。
その量を、セシリアは一瞬でこめ、しかも彼女はケロッとしてる。
「技能がないからって、あのナハトはセシリアを馬鹿にしたけど、その代わりこの子には尋常じゃない魔力が秘められてたっていうのにさ。無能扱して、ほんと馬鹿だよねー」
「ま、しょうがないよ。終わったことにごちゃごちゃ言っても意味ないよ」
魔力を込めた魔鉱石を、土人形の心臓部分にはめ込む。
これで、魔道具が完成した。
ずずず……と土人形は自立してみせた。
さながらが、巨大ロボのようだった。
「自立歩行、姿勢制御。命令実行……一体どれだけの魔力回路が書き込まれてるんだろうね。いやぁ、こんだけの凄い魔道具、この世界でセシリアくらいしか作れないっていうのにね。ナハトのばーかばーか!」
どうやら友達を馬鹿にされたのがよほど腹に据えかねていたのだろう、真理はナハトへの非難の言葉を何度も吐く。
(なんだかんだ言って、友達思いなんだよね。この精霊。そこが気に入ってるんだけど)
「よし、じゃあゴーレムさん。壊れた箇所の修繕、よろしくね」
即席で作ったゴーレムは、セシリアの命令を聞くと、普通の人間と同じように動き出すのだった。




