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01.

「悪いな、セシリア。お前との婚約は今日限りで破棄させてもらう。そして、ここで死んでくれ」



 視界が、大きく揺らいだ。

 鼻を突くのは、鉄のような血の匂いと、焼け焦げた肉の異臭だ。


 魔王討伐の最終決戦を終えた直後。

 聖女であり、勇者の婚約者でもあるセシリアは、冷たい石畳の上に力なく膝をついていた。


「えっ」


 口から、赤黒い血が止めどなく溢れ出す。

 視線を落とすと、胸から生えていたのは、見慣れた白銀の刃だった。

 それは、婚約者である勇者ナハトが持つ聖剣。


「どう……してっ」


 震える声で、背後に立つ男に問いかける。

 今まで共に死線を潜り抜けてきた、最も信頼していたはずの男に。


「お前は天から選ばれし聖女のくせに、【技能スキル】を何も持たないではないか」

 

 技能とは、この世界に生まれた人間なら誰しもが与えられる、特殊能力のことだ。

 セシリアは技能を何一つ持って生まれてこなかった。


 しかし偉大なる予言者が、「セシリアこそ世界を救う聖女」であると残した。

 ゆえに、ナハトは仕方なく、魔王討伐の度にセシリアを連れていくことになったのだ。


「し、しかし……技能スキルはなくとも……私は……あなたために……」

「黙れ。ともかく、無能はお払い箱だ。これからの平和な世界に、欠陥品の聖女など邪魔なだけだからな」


「欠陥品……」


「安心しろっ。魔王を倒した英雄としての名誉は、俺が全て背負ってやる。お前はただの役立たずだったという真実と共に歴史に葬ってやるよ」


 鈍い衝撃音と共に、ナハトが聖剣を乱暴に引き抜く。

 同時にセシリアの体は無造作に蹴り飛ばされ、石の床に激しく叩きつけられた。


 激痛が全身を駆け巡り、目の前が真っ暗になる。

 だが、セシリアの心の中に湧き上がったのは、悲しみや絶望よりも、底知れない深い呆れだった。


(この男は、本当に何も分かっていないのね……)


 薄れゆく意識の中で、セシリアは心の中で深くため息をつく。

 確かに技能スキルはセシリアにはなかったが、その代わり、膨大な量の魔力を、彼女は内包していた。


 聖女である彼女の魔力には、他者を癒やす等の、特別な、そして無限の可能性が秘められていた。

 セシリアは魔力を使って、たとえばポーションを作ったり、たとえば度に必要な結界などの魔道具を作ったりして、彼らのサポートをした。


 第一、聖剣だって、セシリアが作り上げ、メンテしたものである。

 確かに技能スキルを持たないけれど、ないからこそできることを模索して、役に立ってきたのに……。


(ああ、もう、いやだわ)


 誰かのための便利な道具になるのはごめんだ。

 身の程を知らない愚かな男の世話を焼くのも、もう終わりにしてしまおう。


 痛覚が麻痺し、冷たくなっていく体を抱えながら。

 セシリアの視界は、完全な闇に包まれた。


    ◇


 ぽたり。

 冷たい水滴が頬に落ちて、セシリアはゆっくりと重い瞼を開けた。


 最初に感じたのは、ひどく埃っぽい空気と、鼻を突く強烈なカビの臭いだ。

 硬い地面に手をついて体を起こすと、そこは見渡す限りの瓦礫の山だった。


「ここはっ」


 天井は大きく崩れ落ち、その隙間から淀んだ灰色の空が覗いている。

 美しかったステンドグラスは粉々に砕け散り、かつての威容は見る影もない。


 だが、その歪な間取りにははっきりとした見覚えがあった。

 つい先ほどまで、命がけで魔王と戦っていた場所。

 紛れもなく、魔王城の玉座の間だった。


「おや、ようやくお目覚めだね。おはよう、セシリア」


 頭上から場違いなほど軽快な声が降ってきた。

 見上げると、そこには淡く発光するソフトボール大の球体が浮遊している。


「あなたは、真理っ」


「ご名答っ。君の忠実なるサポート精霊にして、この星の叡智を司る真理だよ」


 くるくると楽しげに宙を舞う光の玉。

 かつてセシリアが森で朽ちかけていたところを救って以来、何かと付き従ってくる不思議な精霊だった。


「助けてくれたのね。ありがとう。でも、ここは酷い有様ね。戦いが終わってから、数日は経っているのかしら」


「数日っ。ああ、君の感覚ではそうなるのか」


 真理は、からかうようにわざとらしく明滅を繰り返した。


「残念ながら、ここは三十年後の魔王城だ。君は長い、長ーい眠りについていたんだよ」


「さんじゅう、ねんっ」


 予想外すぎる言葉に、セシリアは絶句して目を丸くするのだった。

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