18.
セシリアが用意したのは、大黒猪を使ったなんちゃってビーフシチューだった。
牛ですらない、謎の肉を使ったシチュー。しかしその味は絶品だった。
(真理の言う通りだったな。魔物の肉だということは伏せておいた方がいいって)
いくら毒抜きをしてあるとはいえ、魔物の肉だと告げてすんなり食べてもらえるとは思えなかった。魔物喰いが禁忌であるこの世界の住人なのだから、全員がレオニダスのように柔軟な考えを持っているわけでもない。
(それにしても……たくさん食べてもらえているな。たっぷり作っておいてよかった)
給仕はゴーレムたちに任せ、セシリアは次の料理を運ぶ。
倉庫に残っていた材料を、聖女の魔力と真理の知識を組み合わせて作り上げたものだ。
「お待たせしました! 付け合わせの……パンです!」
「「「な!?」」」
寡黙なアーチャーまでもが驚いているのがわかった。ふわふわの丸パンがカゴいっぱいに盛られて提供されてきたのだから。
マコが恐る恐るパンを手に取った。
「これが……パン? え、パンってあの、カチカチでスープに浸して食べる、あの!?」
「はいっ!」
信じられないと、マコたちが目を見開く。真理が離れたところから得意げに鼻を鳴らした。
「無理もないね。こちらの製パン技術は現実世界と比べて明らかに遅れている。未発酵パンが主流の彼らからすれば、セシリア特製のパンは天上のお菓子に思えるだろうよ」
隣に控えていたレオニダスが首をかしげる。
「しかしパンをどうやって……?」
「この城に残っていた保存用の小麦を使ったんだ。それとレーズン」
「レーズン……? あの果実のか?」
「そう。レーズンから天然酵母を作り出して、セシリアの調和の魔力で発酵を成功させたんだよ」
密封できるガラス瓶にレーズンと水と砂糖を入れ、常温で発酵させて数日置けば酵母液が完成する。真理は叡智の力で自然界から酵母を生み出す方法を検索し、セシリアに授けたのだった。
「しかし数日も置いている様子はなかったが……」
「そこはセシリアの力だよ。彼女の調和の魔力は、物体を通常よりも高い品質で安定させられるからね」
食品の発酵において最も難しいのは、温度や湿度といった条件を一定に保つことだ。機械化の進んでいないこの世界では、温度管理も容易ではない。
そこでセシリアの調和の魔力が真価を発揮する。不揃いのものを一定に整える力——それは外気にも作用する。セシリアが密閉した部屋に魔力を満たすと、室内の熱が調和を保とうとし、結果として温度が一定に保たれるのだ。
「機械化の進んでいない世界での物作り、特に料理においては、セシリアの右に出るものはいないよ。まあ、真理のサポートがあってこそではあるけどね!」
一方のケンたちはふわふわのパンを手に取り、一口食べた。
「!?」
初めての食感だった。天に浮かぶ雲を口に含んでいるような、不思議な柔らかさだ。
「甘くて……ふわふわで……なにこれ……こんなもの初めて……!」
パンといえば石に近いほど固く、スープに浸してようやく食べられるものだというのが常識だった。しかし今、その常識がセシリアの作ったパンによって、完膚なきまでに覆された。
表面はぱりっ、中はふわっとした食感は、いくら食べても飽きがこない。雑味もまったく感じられない。
これはセシリアが調和の魔力を込めながら生地を仕上げたからだ。倉庫に残っていた傷みかけた小麦も、調和の力によって新品同然に蘇っていた。
現代の知識と聖女の魔力が合わさって、世界最高の美味なるパンが完成したのである。
粗末なパンに慣れ切った彼らにとって、セシリアの作ったパンはまさに禁断の味だった。一度食してしまったら、もう普通のパンでは満足できない体になってしまったらしい。
「これ……どこで売っているんですか、女将さん……?」
ケンがパンを頬張りながら尋ねてきた。
「いいえ、販売はしていません。うちの宿だけでご提供しているものですよ」
「そうか……くっ……残念だなあ……」
ケンは心底残念そうだった。外で売り出せば確かに利益にはなるだろう。しかしセシリアのパンの製法は、聖女の魔力を用いた独自のものだ。製法が外に知れ渡れば、自分の正体が露見することにもなりかねない。故に外で販売するわけにはいかない——が。
「好評いただけるようなら、委託販売も……検討してみます」
(ホテル・リライトで作ったパンを、よそで売りに行く形なら問題ないわよね)
ケンとマコ、そしてアーチャーまでもが立ち上がり、がしっとセシリアの手をつかんだ。




